キャスリング 弘前城編(日本100名城・現存天守12城)

JR奥羽本線弘前駅から、西に1.7キロ、20分ほど歩くと弘前城です。

車の場合、幾つか駐車場がありますが、弘前文化センター駐車場に停めました。110台ほど停められ、30分100円でした。

文化センターの前には、弘前藩祖の津軽為信の像があります。

弘南鉄道中央弘前駅からだと北西に1キロぐらいです。

駐車場から信号を渡ると、外堀と土塁があります。位置的には、弘前城の東の真ん中になります。

東門の前には、案内板があります。お城の全貌を把握して、どのように周るかを考えます。おさえたいのは、本丸の天守だけではなく、8つの重要文化財の門や櫓です。まずは東門からです。

1590年 南部氏の家臣だった大浦為信は、小田原征伐に参陣し、豊臣秀吉から4万5千石の所領を安堵されました。その際、大浦から津軽へと改姓します。

重要文化財の三の丸東門は、1603年の築城時期と同じ頃と言われています。木部が露出し、質実剛健な造りと鋳鉄製の鯱が印象的です。

1594年 津軽為信は、堀越城(弘前市)を築きますが、軍事的に向いていなかったので、鷹岡(現在の弘前城)の地に築城を計画します。

東門をくぐり、200mほど西に歩くと東内門の石橋があります。

1600年 関ヶ原の戦いで、津軽為信は東軍につきました。徳川家康から加増され、4万7千石の鷹岡藩が成立します。

中堀の石橋を渡り東内門に向かいます。

1603年 鷹岡城の築城を開始しますが、翌年、津軽為信は京都にて亡くなります。

三の丸から二の丸への入り口として、重要文化財の東内門(二の丸東門)があります。

1609年 津軽為信の三男で鷹岡藩2代目藩主の津軽信枚が築城を再開します。

二の丸から本丸石垣と天守が見えますが、まずは一番南の追手門まで500mほど歩きます。市民広場や博物館があり憩いの場となっています。

重要文化財の外堀と追手門です。土塁の上に築かれた木塀が良い感じです。

追手門から中堀に戻ると左手に未申櫓、右手に辰巳櫓が見えます。この2つも重要文化財です。

三の丸から中堀に架かる杉の大橋を渡ると、重要文化財の南内門(二の丸南門)です。建築当初は瓦葺でしたが、銅瓦葺きになりました。

さていよいよ横目に見ていた本丸です。1983年の日本海中部地震以降、孕みや傾きが生じ天守の曳家を行い、現在本丸石垣の修理を行っています。

二の丸から本丸の間の内堀に架けられた下乗橋です。藩士はここで馬を降りて、歩いて登城します。

4月1日~11月23日までは、本丸、北の郭、弘前城植物園は、有料エリアとなります。入園料は大人310円です。この日は3月中旬だったので無料でした。

下乗橋を渡ると高麗門形式だった御門跡がありました。

1627年 落雷により、五重六階の天守が焼け、内部の火薬に引火して大爆発を起こし、櫓、御殿まで焼失しました。ここから200年間天守は築かれませんでした。

本来は本丸の南東n(辰巳)側に天守が築かれていましたが、2015年70m曳家を行い移動させました。

築城から286年経った1897年(明治30年)に曳家を行い、石垣を修復しました。修復し終えたのは、18年後の1915年でした。約100年ぶりの大修理が現在行われています。

修理期間は、2014年から始まり2024年頃を予定しています。

1628年 鷹岡の地名は、津軽信枚が信仰していた天海大僧正が名づけた「弘前」に改称します。

本丸には、金銀貨を貯蔵しておく「御金蔵」や4代目藩主津軽信政から記した史料の蔵「御日記蔵」がありました。御日記蔵には、弘前藩政や幕藩体制などの史料があり、現在4200冊の日記が残されています。

本丸の南西には、本来五重の天守がありました。しかし落雷で焼失した為、隅櫓である未申櫓が建設されました。

1810年 9代藩主の津軽寧親は、幕府に三重の櫓を建てる許可をとりました。本丸の辰巳櫓を解体して三重三階の御三階櫓を新造しました。それが現在の天守です。

外壁は白漆喰塗籠で、寒冷地の為、銅瓦となっています。破風がある側と無い側の二方正面の造りとなっています。本丸から見える岩木山(津軽富士)が美しいです。

元々は辰巳櫓の改修を名目としていましたが、事実上の天守として扱われています。

本丸の北西側にある戌亥櫓跡です。防弾・防火の為、土蔵造りとなっており、杮葺きでした。

津軽氏の家紋は「津軽牡丹」です。本丸の高台に上がると、岩木山と天守のコラボレーションが撮れます。

本来、天守があった場所の修復現場です。石垣の修復は大変な作業ですが、完成したら必ず来たいと思います。

1871年 明治時代になってからは、東北鎮台が置かれ、本丸御殿は破却されました。

本丸から北の郭に入り、弘前城の一番北にある北門に向かいます。

築城当時は、大手門として建設された重要文化財の北門です。他の4つの門と比べ大きく造られています

北門から護国神社を通り、二の丸の丑寅櫓を見ます。これで全部の重要文化財を制覇しました。三の丸の東側の緑の相談所に向かいます。

緑の相談所に、日本100名城スタンプが置いてあります。案内板には、2時間かかると書いてありましたが、やはりその通りでした。約5キロ、1時間45分のキャスリングでした。

石垣修復や曳家が大変な作業ですが、元通りになったら、桜の季節にまた来たいですね。



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