キャスリング 八戸城編

JR八戸線本八戸駅から南に350m、5分歩くと八戸城跡があります。

車の場合、市役所の駐車場や周りのコインパーキングの利用になります。

八戸市庁(市役所)の東には、八戸城の一部と言われている、角御殿表門があります。


八戸城に相応しい門と玄関を建てるよう命ぜられましたが、資金繰りの困難さが八戸藩日記に残っているそうです。

御殿表門から北に向かうと、八戸城跡の三八城公園(みやぎこうえん)があります。三戸郡八戸城だという意味だそうです。

1334年 陸奥国司の北畠顕家の国代である、南部師行が根城を築いた頃に、その孫の信助が、根城の支城として築いたとされています。三八城神社で旅の安全を祈願します。

境内には、弁慶石と呼ばれる石があり、源義経が北を目指して旅に出た伝説が作り上げられました。

神社から北に進むと整備された公園になります。西側には展望台があります。八戸城は、津軽領との境目の要衝地でした。

展望台からは西側には、八戸市内が見えます。公園の中心部は築山になっています。

1627年 南部利直は、八戸城を本格的に築城し、二重の堀をめぐらし、郡奉行を置き治めていきます。

1629年 南部利直の七男で八戸藩初代藩主の南部直房から250年間、農業、養蚕、織布、畜産の経済振興に努めて、領内は豊かになっていきました。

2代藩主の直政は、徳川綱吉時代に側用人になり、戊辰戦争の際には、藩士や領民の軽挙妄動を戒め、そのままの領地を守りました。歴代藩主の産業振興と冷静な判断があったからこそ、今の八戸がある事が分かった30分のキャスリングでした。

八戸で泊まるとなると、みろく横丁で一杯ですね!ホヤ刺しと熱燗で舌鼓をし、せんべい汁で体を温めました。



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