キャスリング 笠間城編(続日本100名城)

JR水戸線笠間駅から北に1.6キロ、22分歩くと、かさま歴史交流館井筒屋があります。

車の場合、北関東自動車道友部インターから北に5.8キロ、8分ぐらいで着きます。井筒屋専用の駐車場があります。(砂利の無料駐車場で井筒屋から南に20mぐらいです。)

井筒屋1階に、続日本100名城スタンプとパンフレットが置いてあります。月曜定休、9時~22時までです。


井筒屋は、明治中期に建築された木造3階建てで、明治時代から旅館として使用されていました。東日本大震災で被害を受け、改装されて交流館として親しまれています。2階は、笠間城と笠間の歴史の展示スペースになっています。

笠間城の建物の遺構は、すぐ近くの真浄寺に八幡台櫓が移築されています。後で見に行きましょう。結構な山城だという事がジオラマや絵図で分かります。

笠間城の瓦とされる物が発掘され、今でも見つかるそうです。

1219年 鎌倉時代に寺同士との抗争が激しくなり、下野国守護の宇都宮頼綱は甥である笠間時朝を派兵しました。戦う拠点として、佐白山の麓に築城したのが始まりとされています。

井筒屋での情報収集の後、笠間陣屋跡にある駐車場に移動しました。笠間城のメイン駐車場は、千人溜駐車場ですが倒木で閉鎖されていました。(2019年4月23日)30台ぐらい置ける無料の駐車場です。


笠間陣屋跡には、笠間城主下屋敷跡の石碑がありました。ここから佐白山ハイキングコース(天守までのルート)になります。

屋敷跡の敷地には、時鐘があります。笠間藩が時鐘として撞いていました。笠間市指定有形文化財です。

1219年の築城から笠間氏が1590年までの370年間治めました。

気持ちの良い新緑を見ながらキャスリングスタートです!ここから約20分ぐらいで天守に着きます。

1337年頃 麓にあった城ですが、笠間氏は佐白山山上に築城し始めました。

ハイキングコースですが、そこそこの山道です。トレッキングシューズなどが良いでしょう。

虎口が見えてきました。この部分は宍ヶ崎櫓跡になります。これを越えると曲輪になり、本丸です。向こうには小高い八幡台があります。

1590年 笠間綱家は、宇都宮氏の命に逆らい、攻められ落城し宇都宮氏が支配します。

小高い八幡台を登ると八幡台櫓跡があります。櫓は真浄寺に移築されています。

1592年 宇都宮国綱の家臣玉生勝昌が笠間城主として入城します。

切堀らしき谷があります。

1593年 玉生勝昌が亡くなり、子の範昌が城代となります。

ここまで疲れましたが、あともうひと踏ん張りで天守台です。ここから石階段になります。

1595年 玉生範昌が岡本城(宇都宮)に異動となります。

シートに覆われた天守石垣が見えてきました。東日本大震災で崩れてしまったそうです。立入禁止区域もありますので注意して下さい。

1598年 蒲生郷成が入城し、石垣を築き天守曲輪や登城路、城下町を整備しました。それにしても立派な石垣です。

天守櫓には、築城以前から祀られていた佐志能神社があり、佐白山は信仰の山として崇められていました。標高205mの佐白山の尾根を巧みに利用した山城です。

1601年 蒲生郷成から松平氏→小笠原氏→松平氏→永井氏→浅野氏→井上氏→本庄氏→井上氏と城主が変わりました。

1747年 笠間藩として牧野氏が入城し1871年の廃藩置県まで治めました。

笠間氏が370年統治していた事に驚きです。あまり時間が無かったので、速いペースで歩いた、往復約2キロ30分のキャスリングでした。

八幡台櫓跡にあった櫓を拝みたいので、真浄寺に向かいます。笠間陣屋跡の駐車場から車で北に1キロ、車で5分ぐらいです。


無料の駐車場があり櫓だけ拝観させて頂きました。お寺に移築されているのは多いですが、遺構をよく守って下さいましたと感謝です。朽ちた土台に所々劣化した白漆喰が歴史の重みを感じます。



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