キャスリング 新府城編(続日本100名城)

JR中央本線新府駅から西に750m、11分歩くと新府城跡があります。

車の場合、県道17号線沿いに、無料の新府公園駐車場があります。 駐車場にはお城の案内板と韮崎市民族資料館の案内があります。続日本100名城スタンプは、ここから南に約3キロ、車で6分の韮崎市民族資料館にあります。


新府城の見どころはなんといっても出構えです。半島のように突き出た出構えの後ろには、朝焼けの南アルプスが大変美しいです。(5月の朝5時)

釜無川と塩川が浸食してできた七里岩大地の上に築かれました。

出構えのある、お城の北側から反時計回りでキャスリングスタートです!出構えの機能として考えられるのは、侵入者を迎え撃つ、死角を無くす、堀の水を調節する、などありますが解明されていません。

1581年 甲府市の躑躅ヶ崎を拠点としていた武田勝頼は、信濃、西上野、駿河へと拡大した領国支配経営の拠点として、新たに新府城を築城しました。新しい府中(武田領国の首都)という意味で「新府」と名付けました。

出構えと南アルプスを見ながら、お城の北西側の乾門枡形虎口から入城します。入口手前には、細かい歴史年表と地図があり、案内板が充実しています。地図を見ると、舌状台地上に築かれた要害堅固なお城だという事が分かります。

堀は逆台形上の箱堀と推定され幅約7mで西出構えで閉じています。堀は直線ではなく、折れがある事で死角を無くします。

堀の閉じられている土橋から入ります。西側は台地の崖になります。

土橋を渡ると、東西13m、南北12mの乾門枡形虎口があります。城外側には2本柱の門、城内側には6個の礎石で支えられた門だった事が分かりました。門の柱は焼け落ちた状態でした。

虎口を抜けて二の門跡です。雑木林を歩くと木橋を架ける為の版築の橋台がありました。木橋は長さ15m、幅1.2mと立派なものだったと推定されます。

橋台から奥に進むと、直径32mのすり鉢状の井戸跡があります。浸み出た水や雨水を集める構造だと思われます。

井戸跡から奥に進むと二の丸があります。二の丸から虎口を抜けて、一段上がると本丸になります。

新府城本丸跡の碑には、普請奉行真田昌幸、原貞胤と書かれています。武田氏を甲州流築城技術の粋が集められています。

本丸跡の碑には、武田勝頼の入城から落城まで、わずか68日間と書かれてあります。

さかのぼって、1575年の設楽ヶ原の戦いで武田氏は、織田徳川連合軍に大敗します。それを機に、領国支配体制の強化と1582年新府城を築城しますが、1582年に織田軍が甲斐に侵攻し、新府城を焼き払い、家臣小山田信茂の岩殿城に向かいます。しかし途中の笹子峠で小山田信茂の謀反にあい天目山に追い詰められ自害しました。

本丸から北を見ると、八ヶ岳が望めます。

武田勝頼は、武田信玄と諏訪頼重の娘との間に誕生しました。諏訪氏の家督を継ぎ諏訪勝頼と名乗り、高遠城主になりました。しかし嫡子の問題などで、武田氏20代目の当主となりました。凡将と聞いた事もありましたが、織田信長や上杉謙信から一目置かれた存在でした。

本丸には、武田勝頼の霊社があります。

本丸は、東西90m、南北150mほどの長方形の曲輪で礎石や築地塀などが発掘されています。青磁や炭化した米が出土されました。

本丸東側には、藤武神社があります。石階段の参道からのアプローチもあります。

大河ドラマ真田丸の小山田の岩殿城、真田の岩櫃城のどちらに行くか迷い、岩殿城に決めて新府城を焼き、武田勝頼についていった者達が次々と逃げていくシーンを思い出しました。

1582年 武田氏滅亡と、本能寺の変で勢力図は大きく変わります。信濃、甲斐の武田氏遺領をめぐる、徳川氏と北条氏の戦いである天正壬午の乱で徳川軍は新府城を本陣としました。

結果として、甲斐は徳川氏の支配となり、躑躅ヶ崎館を拠点とします。その後甲府城が築城され新府城は廃城となりました。

本丸の南側にある、蔀の構と食い違い虎口を抜けて、西三の丸、東三の丸に向かいます。

東三の丸を越えると、大手枡形虎口があります。枡形虎口の前方には、丸馬出し、三日月堀があります。マニア垂涎のポイントです。

綺麗な三日月堀は武田氏築城技術の真骨頂ですね。

三日月堀を下から見ました。画像だとどうしても迫力が伝わらないのが残念です。行かれて無い方は是非実物を見て下さい。お城の南側の畑に出て、駐車場までぐるりと歩きます。

県道から一気に階段を上って、本丸に行ける藤武神社の参道です。美しい景色と森林浴と武田勝頼の生き様を感じた約90分のキャスリングでした。

南アルプスの向こうには、勝頼の第二の故郷である高遠城があります。

新府城から南に3キロの所に、韮崎市民族資料館があります。ここに続日本100名城スタンプが置いてあります。


入館は無料で、新府城の分かりやすい模型やパンフレット、古代の展示物などがあります。ここに行って情報を得てから新府城行った方が良いかと思います。

(おまけ)

新府城から甲府、東京方面に行かれる方は、約10キロ走ると信玄堤公園があります。湿地帯や石がごろごろ転がる甲府盆地を、治水事業で豊かな土地にした堤と川の流れを抑制する聖牛があります。




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