キャスリング 要害山城編(続日本100名城)

JR中央本線甲府駅から北に6キロ、躑躅ヶ崎館からだと3.4キロの所に、躑躅ヶ崎館の詰めの城とされる要害山城があります。

車の場合、県道31号線沿いに駐車スペースがあります。6台ぐらい置けそうでした。道路から川を越えてすぐに登城口があります。


1520年 躑躅ヶ崎館の詰めの城として、武田信虎が築城しました。信虎、信玄、勝頼と三代に渡って機能しました。

標高775mの山城なのでトレッキングシューズや寒さ、暑さ、虫対策などしましょう。本丸まで30分!それではキャスリングスタート!

武田氏は、石和の川田館を居館としていましたが、甲府の躑躅ヶ崎館に遷し、積翠寺の丸山を詰めの城として狼煙台や砦として整備しました。歩いていくと竪堀や土塁などが次々と出てきます。

1520年 駿河の今川氏の家臣が甲斐に攻めてきたので、武田信虎は正室を避難させている中で、要害山で武田晴信(信玄)を出産しています。

門跡が連続的に整備されており、厳重な縄張りでした。看板があるので、見過ごさないですみます。

不動曲輪まで来ると半分以上来ています。水分を補給して一息入れて、あともう少し!

500年前の石垣などが手つかずでそのまま残っているのは、素直に感動します。

支城で熊城がありますが、道が整備されていなく、道もよく分かりませんでした。

約30分で主郭に着きました。東西73m、南北22mの長方形で建物が存在したものと推定されます。武田信玄誕生の地の石碑があります。

主郭の隅は土塁が盛られ、途中に大きな堀切があります。虫たちの楽園でした。

武田氏滅亡後、豊臣秀吉家臣の加藤光泰により、修築されました。穴太積みの石垣などが見られます。1600年関ヶ原の戦いの後、甲斐は徳川氏の支配となり廃城となりました。

次々と石垣、土塁が出現する飽きることのない、往復2.5キロ、約70分のキャスリングでした。真ん中の奥にある山が要害山です。

要害山に行く前に、甲府駅前の藤村記念館に寄りました。要害山城の続日本100名城スタンプが置いてあります。駅前駐車場は、30分無料です。駅前には、武田信虎の像があります。


藤村記念館は、旧睦沢学校舎で国の重要文化財です。入館は無料です。



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