キャスリング 坂戸城編

JR上越線六日町駅から東に1.1キロ、15分歩くと坂戸山登山口駐車場があります。

車の場合、関越自動車道六日町インターをおりて、南東に3キロ、8分で駐車場です。

砂利の駐車場は、20台ぐらい停められそうでした。

坂戸城は、標高634m(比高差450m)の坂戸山の山頂に本丸、麓に居館を構えたお城でした。

山頂までは、2コースあります。所要時間は、上り80分、下り60分です。今回は居館までです。

鎌倉時代~南北朝時代に、清和源氏の新田氏が築城したとされています。

その後、北朝方の上杉氏が南朝方の新田氏を追放し、上杉憲顕が越後の守護となりました。

駐車場から歩いて3分ほどで屋敷跡があります。

16世紀の初頭 上杉氏の家臣である長尾房長の時に本格的に築城し、南魚沼地方(上田庄)一帯を治めました。途中には、江戸時代(堀直寄)の頃の石垣が置かれていました。

1550年 長尾景虎(上杉謙信)が越後国主になりますが、亡くなった後に御館の乱が起き、1580年に上杉景勝が越後国主となりました。魚野川を境に春日山城と関東を結ぶ交通の要衝に、家臣の直江兼続が城主となり、春日山城の支城として機能しました。

駐車場から歩いて10分弱で石垣が見えてきました。

1598年 上杉景勝が会津へ異動になると、越前国から堀秀治が春日山城に入城しました。坂戸城には、堀秀治の家臣である堀直寄が入城します。

1610年 堀直寄が飯山に異動になると坂戸城は廃城となりました。

城主館跡は、約110m(一町)の四方の大きさで、土塁には約2mの石垣が築かれています。

今回は麓の居館だけですが、いずれは坂戸城の山頂の本丸まで攻めたいと思います。堀直寄が近世城郭に仕上げましたが、上田庄出身の直江兼続が愛されている事が分かった30分のキャスリングでした。



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