キャスリング 本佐倉城編(続日本100名城)

京成本線大佐倉駅から東に1.6キロ、21分歩いた所に本佐倉城跡があります。大佐倉駅の切符売り場の横に、続日本100名城スタンプが置いてあります。スタンプは、他に酒々井町中央公民館にも設置されています。(最後に大佐倉駅の画像があります)

車の場合、東関東自動車道佐倉インターから北に6.2キロ、12分ほどで、本佐倉城跡駐車場に着きます。駐車場付近は道が狭いので注意して下さい。無料の駐車場は、15台ぐらい置けそうでした。

築城年は不明ですが、文明年間(1469年~1486年)に千葉輔胤によって築城されました。

駐車場には、本佐倉城の案内板とパンフレットが置いてあります。本佐倉城の縄張りが書いてありますので、どのように周るか決めます。まずは城山に向かいます。

バリケードがある場所からキャスリングスタートです。小道の右側はⅣ郭になり、模擬矢立が雰囲気を醸し出しています。矢立の家紋(真向き月に星)は、本佐倉城築城主の千葉氏の家紋です。

古河公方の足利成氏と組んで下総国を平定し、約100年間で千葉氏9代がこの地を治めました。

ちょっと進むと小道の右手のⅣ郭の虎口跡があります。塀跡と門跡が発掘されました。

千葉邦胤の死後、北条氏政の子が養子に入り継承する事になりました。正室に千葉邦胤の娘をむかえ、千葉直重として家督を継承しました。

緩やかな坂を上ると、左手に大堀切が出てきます。、左手が城山で右手が奥ノ山になります。坂道を上がってみます。

1590年 豊臣秀吉の小田原征伐により、千葉氏も所領を没収され改易となりました。

高低差2mの坂道を上がると平坦になり、道が二つに分かれます。左手が城山で右手が奥ノ山です。左手の城山に向かいます。

1602年 関ヶ原の戦い後、松平忠輝が入城しますが、すぐに信濃国川中島に異動となりました。

S字カーブになった城山通路を上がっていきます。高低差は7mあります。

1610年 小笠原吉次、土井利勝が入城となり、佐倉藩の藩庁が置かれました。

左折れの城山の虎口に着きました。坂虎口として門跡と塀跡が見つかりました。

1615年 一国一城令で藩庁が佐倉城へ移転となり、廃城となりました。

城山虎口を越えると、城山内部に進める最後の城山門跡があります。門手前で2つの道に分かれ左には奥ノ山に行ける木橋(推定)、右には門、その真ん中に土塁と塀で仕切られていました。

城山門跡を越えると、侍の詰所だった遠侍跡があります。

遠侍の右には主殿、さらに会所と建物4棟が奥に並んでいたとされています。

城山から北を見ると駐車場が見えました。そんなに上がったつもりはなかったのですが、意外と高低差がありました。築城から400年が経過しましたが、当時の姿が良好に残されており、千葉氏の繁栄に思いを馳せた30分のキャスリングでした。雨上がりで道が滑りやすかったので、城山までとなりました。

京成本線の大佐倉駅です。自動販売機の横に続日本100名城のスタンプが置いてありました。こちらは24時間押せるそうです。



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