キャスリング 鮫ヶ尾城編(続日本100名城)

妙高はねうまライン北新井駅から西に2.5キロ、30分歩くと斐太歴史の里駐車場があります。

車の場合、上信越道新井スマートインターから北に4キロ、7分ぐらいで斐太歴史の里駐車場に着きます。国道18号線から西を見ると、山の上に展望台が見えます。そこが本丸になります。


県道85号線に駐車場の看板があり、その通りに進むと、無料の斐太歴史の里駐車場があります。20台ぐらい停められそうです。土曜の朝8時、誰もいませんでした。

駐車場から坂道を上がると、約1800年前の環濠集落跡の斐太遺跡があります。斐太歴史の里は、弥生時代から戦国時代の古の歴史が息づいています。

斐太遺跡は鮫ヶ尾城の麓に3ヶ所あります。斐太県民休養地として整備されており、アスレチックやBBQなどもでき、歴史を学びながら遊べる施設です。

鮫ヶ尾城の築城年は不明ですが、16世紀後半と推定され、上杉氏(長尾氏)の春日山城や北国街道の防衛拠点として築かれました。鮫ヶ尾城の看板を見ると典型的な連郭式山城と分かります。

1569年 鮫ヶ尾城の主人公である上杉景虎は、北条氏康の七男として相模の北条氏と越後の上杉氏の同盟(越相同盟)として上杉謙信の養子となりました。しかしその翌年、北条氏政は甲斐の武田氏と同盟(甲相同盟)を組み、上杉氏との同盟は解消されましたが、上杉景虎は相模に返されることなく、上杉謙信の姪を妻として迎え大切にされていました。

斐太県民休養地があり、ここに続日本100名城スタンプやパンフレットなどが置いてあります。ここで情報収集をしていきましょう。

ルートは、南登城路、東登城路、北登城路という3つのルートがあります。今回は北登城路ルートで、管理棟を出て鮫ヶ尾城跡まで歩いて20分です。比較的歩きやすいですが、トレッキングシューズや暑さ、寒さ、虫よけ対策を万全にして、キャスリングスタートです!

1578年 上杉謙信が死去し、残された二人の養子である、上杉景勝と上杉景虎の家督争いである御館の乱が起きます。

5分歩くと上信越自動車道をくぐります。

上杉景勝は上杉景虎に家督を譲るつもりでいたそうです。(諸説あり)しかし景虎派の柿崎晴家が景勝方に暗殺されたと言われ、景勝は本丸に移り金蔵を確保するなど、両者ともに疑心暗鬼となり小競り合いが続きます。

15分ほど歩くと本丸まであと5分の看板が出てきました。もうひとふんばり!

景勝方には、直江信綱、河田長親、鰺坂長実、樋口兼続(後の直江兼続)などがつきました。

本丸の手前には、曲輪や虎口の案内板があります。北登城路の現在地から2つのルートに分かれます。

景虎方には、前関東管領の上杉憲政、北条高広、桃井義孝、柿崎晴家、蘆名盛氏、伊達輝宗、武田勝頼、北条氏政と錚々たる面々です。

看板の左から行くと二の丸から本丸ルート(南登城路、東登城路にも合流)です。看板の右から行くと米蔵から本丸ルートです。今回は、米蔵と本丸の間にある大堀切2を見ながら攻めたいので右から行きます。

景勝は、武田勝頼と和睦交渉を開始し、勝頼自身が景勝と景虎の和平の仲介を進めようとしましたが、徳川家康の田中城侵攻で和平仲介が中断します。

さっきの看板から3分で本丸が見えてきました。

景勝は、外部との交渉を進めていきながら、勝頼の娘である菊姫を妻に迎えます。春日山城を攻めていた景虎は御館を拠点としますが、兵糧が尽き、味方の裏切りなどで窮地に陥ります。

本丸の下は帯曲輪になっています。

景虎方は、雪に阻まれて北条氏からの援軍も望めない状態となり、景勝方は御館を総攻撃します。

米蔵と本丸を分ける大堀切2は、下側の北登城路まで続いており、その隙間から頸城平野が見えます。

前関東管領の上杉憲政は御館から脱出し、和議の申し入れをしようと景虎の子の道満丸を連れて景勝の陣に向かいました。しかし景勝方に殺害されます。(一説によると、景虎の怒りを再燃させようと景虎方が殺害したとも)

大堀切2を進み右手の米倉(N182曲輪)に上がります。鮫ヶ尾城に火が放たれた時の焼けた米が出土されました。

御館は火を放たれ落城しました。景虎は、この鮫ヶ尾城に逃げ込みますが、城主である堀江宗親に裏切られ、ここで自害しました。

米倉から大堀切2をまたぎ本丸(N185曲輪)でゴールです!

1年余りにわたる壮絶な上杉氏の家督争いは、越後を二分する戦いでした。

本丸から北東方向には、頸城平野(高田平野)が一望でき、疲れが吹き飛ぶ瞬間です。

ここで起きた歴史を知ると、景虎の無念さを感じずにはいられません。

本丸から南を見ると二の丸や三の丸が階段状に見えます。

帰りにも斐太県民休養地に立ち寄りました。景虎や謙信の書状からは、願いや思惑などが読み取れます。生々しい手紙のやり取りです。

往復2.6キロ、約1時間のキャスリングの締めは、おいしいお茶とお漬物と管理人さんの優しさでした。歴史を学び、その時代の人々の機微に触れる事ができた素敵な山城でした。お土産に万能調味料のかんずりを買いました。



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