キャスリング 水城編(続日本100名城)

JR鹿児島本線水城駅から歩いて100mのところに水城跡があります。水城駅の切符売り場に、続100名城スタンプが置いてあります。

車の場合は、水城駅前にコインパーキングがありました。60分100円でした。

660年 朝鮮半島では、高句麗、百済、新羅の三国が争い、唐と新羅連合軍は、百済を滅ぼしました。

663年 日本は百済再興の為に援軍を送りますが、白村江の戦いで敗戦します。

案内看板が充実しており、読むだけでも勉強になります。

664年 大和朝廷の天智天皇が、白村江の敗戦後に大宰府防衛の為に築きました。

全長1.2キロの版築土塁で固められ、版築の上部では土層を大宰府側に下るように傾斜させており、水はけなどの工夫をしています。

665年 水城防衛ラインの延長として、大野城、基肄城を築城しました。土塁の築造は土の種類を使い分けて固める工夫をしており、土木水準が高い事が分かります。

粗朶は、地盤を固める為に木の枝を束にした物です。出土の際には、1300年以上経過しても葉が緑色でした。火山の土(阿蘇山の火砕流堆積物)は水分を多く含み、粗朶の腐朽を防ぐ役割があるようです。

自動車教習所の横の土塁沿いを東に歩いていきます。

5分歩くと水城跡の看板がありました。

幸いにも唐・新羅連合軍が攻めて来ることはありませんでしたが、防人という防衛制度や狼煙など情報伝達のシステムを整備しました。

水城跡の東には、西鉄天神大牟田線が走っています。その向こう側には、水城の延長として、四王寺山があり長い土塁と石垣で大宰府を守る大野城があります。

水城駅から出発して戻るまで30分のキャスリングでした。



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