キャスリング 小山城編

JR宇都宮線、東北新幹線小山駅から北西に1キロ、12分歩くと小山城跡(祇園城)があります。

車の場合は、分かりにくいですが小山城跡の北側に無料の砂利駐車場があります。駐車場の場所は北久保跡という曲輪です。


駐車場のある小山城の北側からキャスリングスタートです!

1148年 藤原秀郷の末裔の小山政光が築城しました。鎌倉時代は下野国守護の拠点となりました。

1380年 下野国守護の小山義政は、古河公方の足利氏満に対して反乱を起こしました。(小山義政の乱)鎌倉府により討たれ断絶しましたが、結城氏の養子を迎えて再興しました。

大きく分けて4つの曲輪で構成されており、大きな空堀が4本ありました。

1575年 北条氏照から攻められ、城主の小山秀綱は降伏し開城しました。北条氏により小山城は改修されました。

落城の際に、姫君が井戸に身を投げた目印として植えた銀杏が大きくなったと伝えらえる大銀杏があります。

1602年 豊臣秀吉の小田原征伐後、相模国玉縄城から本多正純が3万石で入城しましたが、1619年に宇都宮城に入り、小山城は廃城となりました。

赤い祗園橋を渡ると二の丸です。幅10mの堀切はなかなかの見応えです。

西に思川が流れる丘陵に築かれました。本多正純の時代には、東西400m、南北700mの城郭でした。

小山城から南を見ると思川と川沿いに鷲城跡があります。元々は鷲城が本拠地で小山城は支城でした。

(おまけ)

南に約500mの所に小山評定跡があります。

1600年 上杉景勝を討つため、徳川家康は会津へ向かっていました。しかし石田三成が挙兵した事を知り、本陣だった小山で軍議を開きました。(小山評定)

ただの軍議ではなく、福島正則、山内一豊が忠誠を家康に誓った事で、諸侯にも影響させた事や、人質を残している以上、味方につかなければいけない環境など、家康の戦略としたたかさが伺えます。




シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする