キャスリング 寿能城編

東武野田線大宮公園駅から東に800m、10分歩くと寿能城跡があります。

車の場合、住宅街の中の城跡なので駐車場はありませんでした。なので東にある大和田公園又は大宮第二公園の駐車場の利用になると思います。


1560年頃 岩槻城主の太田氏により、岩槻城の支城として築城されました。太田氏資が北条氏に属した事で寿能城も北条氏の城となりました。岩槻城から西にあり、大宮台地の中央にあたります。

1590年 豊臣秀吉の小田原征伐で北条氏は滅亡、北条氏に従った寿能城主の潮田資忠、資勝父子は小田原城で戦死し、寿能城は浅野長政軍に攻められ落城しました。

その後廃城となり、徳川家康により一帯の新田開発が進み城の面影はほとんど無くなりました。徳川家臣になった古河藩家老の潮田氏は寿能城跡に墓碑を建てました。

現在は、閑静な住宅地の中にある近隣住民の憩いの場になっています。岩槻城同様に川越城とのせめぎ合いの地である事が分かった10分のキャスリングでした。



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