キャスリング 岸和田城編(続日本100名城)

南海本線蛸地蔵駅から北に600m、8分歩いた所に岸和田城があります。

車の場合は、お堀沿いにある岸和田市役所第4駐車場(元岸和田藩薬園跡)があります。最初の1時間無料で以降は1時間100円です。駐車場からお城方面に向かうと二の丸広場があります。

大手櫓門をくぐると酒造用の大釜があります。

和泉国守護だった楠木正成が甥の和田高家を岸(現在の岸和田)と呼ばれた土地に城を建てた事から岸和田になったと言われています。

その後、細川氏、赤沢氏、松浦氏、三好氏と城主が変わります。

羽柴秀吉の紀州征伐で中村一氏を城主とし、根来寺や雑賀衆の抑えとしました。しかし1584年小牧・長久手の戦いの留守を狙って根来衆、雑賀衆が攻めてきました。中村一氏達は、少ない手勢の中、岸和田城を守りました。(岸和田合戦)その時無数の蛸に救われた伝説があり、蛸地蔵伝説と呼ばれています。

豊臣秀吉は叔父の小出秀政を城主とし、1597年に天守閣が完成します。1631年には高槻城から岡部宣勝が入城します。1871年の廃藩置県まで岡部氏の居城となります。

岸和田城天守閣に入ります。入城料は大人300円です。入口に、続日本100名城スタンプが置いてあります。城内は阿弥陀如来像、甲冑、刀などが展示されています。撮影禁止でしたので注意して下さい。

天守閣から下を見ると、庭園設計の重森三玲氏により、室町時代以前の城郭と諸葛孔明の八陣法をテーマにした八陣の庭がよく見えます。

鉄筋コンクリートの三層天守閣ですが、本体は五層で30万石級の大名クラスの天守閣でした。岸和田城の見どころは、石垣の犬走りです。防御に不利になる犬走りは補強の為だったと言われています。

お堀をぐるりと一周してみます。約10分ぐらいで周れます。近くには、紀州街道の古い町並みや岸和田だんじり会館、蛸地蔵天性寺があります。

室町時代の頃は、二の丸石垣付近まで海岸線がありました。海沿いのお城でしたが、海岸線が後退し防潮石垣が築かれ城下町が整備されていきました。約50分のキャスリングでした。



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