キャスリング 下妻城編

関東鉄道常総線下妻駅から北東に700m、10分歩くと下妻城跡があります。

車の場合、無料の多賀谷城跡公園駐車場があります。


1461年 多賀谷氏家が築城しました。氏家は享徳の乱の時、古河公方の足利成氏の命で結城成朝に随行し関東管領の上杉憲忠を殺害した事で、足利成氏からの褒賞として下妻の地などを得ました。その後7代、147年にわたり下妻城主として治めました。

案内地図も見て分かる通り、下妻城は沼と湿地帯に囲まれた天然の要害で、土塁や堀が七重にも巡らされていました。

多賀谷光経の時、かつて主君の結城氏を上回る領地を拡大していきました。

1590年 多賀谷重経は、豊臣秀吉の小田原征伐の際、武蔵国忍城攻めに参戦し所領を安堵されました。

1600年 関ヶ原の戦いでは、佐竹義宣と行動を共にし東軍を攻めようとしましたが、東軍が勝利した事で、下妻6万石を没収され改易となりました。そして佐竹義宣をたより出羽国に移りました。

一時期は、現在の筑西市、坂東市、牛久市までを領地とした多賀谷氏は、領内経営や城下町の整備などにも力を入れていた事が分かった20分のキャスリングでした。



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