キャスリング 古河公方館編

JR宇都宮線古河駅から南に2.3キロ、30分歩くと古河公方公園(古河総合公園)に着きます。

車の場合、古河総合公園内に無料の駐車場があります。北ゾーン、南ゾーン、場外駐車場があり700台分の広大な駐車場です。(※3月末から4月上旬までの桃まつり開催期間中は有料です。詳しくはホームページを確認して下さい)


まずは管理棟に行きトイレとパンフレットをもらいました。

1455年 享徳の乱の時に、古河公方の足利成氏により築城されたと言われています。享徳の乱は、8代将軍の足利義政の頃から28年間続いた内乱で、古河公方足利成氏が関東管領の上杉憲忠を暗殺した事がきっかけで始まりました。

古河公方とは鎌倉公方の系統です。そもそも鎌倉公方とは、京都の室町幕府の将軍が関東10カ国(相模、武蔵、安房、上総、下総、常陸、上野、下野、伊豆、甲斐)を治めるためにつくった拠点で別名鎌倉府と呼ばれます。鎌倉公方は代々、足利尊氏四男の基氏から世襲が始まりました。鎌倉公方の補佐役が関東管領になります。

5代目鎌倉公方の足利成氏は拠点を古河に移し、ここに古河公方館を造りました。

北側に桃林が広がり、南側に御所沼と古河公方館跡があります。石碑がある場所が第一曲輪とされ本丸に相当する言われています。

御所沼にむけて半島状に突き出た台地上に築かれた古河公方の居館です。西側の森には空堀があり、奥の方は土塁で盛られた上で沼に囲まれており、当時の名残が残っています。

1457年 足利成氏は古河公方館から古河城に移ったとされ、最後の鎌倉公方の足利義氏の娘の氏姫の居館になったとされています。その後継いだ尊信は下野国喜連川に移り、古河公方館は十念寺の寺域になりました。

足利成氏が古河の地を選んだ理由として

①関東平野の中心部でアクセスが良い(水路が発達していました)            ②家臣で関宿城の簗田氏、栗橋城の野田氏が近くにいる                 ③東関東(栃木、茨城、千葉)は古河公方の勢力下、西関東(群馬、埼玉、神奈川)は上杉氏の勢力下にあり、その最前線が古河であった。

第二曲輪とされる場所にある、移築された旧中山家があり、1674年に建てられたとされています。

1538年 4代目古河公方の足利晴氏は北条氏綱を力を借りながら、国府台合戦に勝利しました。公方体制の中の北条氏の影響力は強くなり、北条氏の関東制覇はここから始まったかもしれません。

旧中山家住宅の隣には、重要文化財に指定された旧飛田家があります。大河ドラマ西郷どんのロケ地にも使われた風情のある旧家です。

関東地方の城巡りをしていると、古河公方や関東管領の上杉氏は頻繁に登場しますので、関係性が良く分かった30分のキャスリングでした。広大な公園を周りきれなかったので、また来たいと思います。



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