キャスリング 小倉城編(続日本100名城)

JR小倉駅から南西に1キロ、15分歩いた所に小倉城があります。

車の場合は勝山公園駐車場があります。30分150円でした。

大手門から入城します。槻門(けやきもん)と二手に分かれます。13世紀中頃 紫川の河口西岸の丘に小倉城の前身が築かれます。

1569年に岩屋城を築城した高橋鑑種が小倉城主になります。

1587年に高橋鑑種の養子の高橋元種は、豊臣秀吉の九州征伐で開城します。その後豊臣秀吉の家臣、森勝信(毛利勝信)が入城します。その際、現在の縄張りと総石垣造りの城郭を築きました。

(※小倉城は展示のリニューアルとエレベーター設置工事の為、2018年8月6日~2019年3月31日まで休館となっています。)小倉城の入城料は大人350円です。

城内は歴史が分かりやすいように色々な工夫がされています。甲冑、刀などは撮影禁止でしたのでご注意下さい。

南蛮造りの天守閣から東を見ると小倉城庭園が見えます。

1600年関ケ原の戦い以降、細川忠興が入城します。その際、天守は南蛮造りにしました。

(城郭検定二級で出題 南蛮造りは小倉城と岩国城)

1632年細川忠興が熊本城に移封後、明石から小笠原忠真が入城し幕末まで小笠原氏が続きます。

関門海峡にほど近い小倉北区長浜浦は、海難事故の多発地帯で西国一の魔の海と恐れられていました。この難所から船を守る為に、庄屋の岩松助左衛門が私財と借金をして灯台を造りました。その功績を称える、岩松翁が設計した灯台を模した記念塔があります。

井戸跡と中老以下の一般武士通行専用の鉄門跡があります。

大手門を出てお城の東側から見てみます。野面積みの石垣が綺麗ですね。四重五階の天守閣は1837年に小倉城は焼失しました。鉄筋コンクリートの模擬天守ですが、珍しい南蛮造りです。

北側のリバーウォーク九州からのお堀です。別の日ですが彼岸花が綺麗でした。

小倉城内には八坂神社があります。京都と同様に祇園社と呼ばれていましたが、廃仏毀釈により八坂神社となっています。家内安全、健康祈願をしました。

八坂神社境内の横の多聞口門跡からも入城できます。

小倉城内には、誠心直道の石碑があります。誠心直道とは、宮本武蔵の兵法二天一流の神髄であります。宮本武蔵は小笠原氏の重臣として、島原の乱にも参戦しました。小倉城にも深いつながりがありました。

現在工事中の小倉城です。

別の日には、小倉城庭園に行きました。入園料は大人300円です。

上段の間、一の間、二の間、取次の間などからなり、御簾のような風情のある網戸や欄間などが美しい書院造の建築物です。

1798年 五代目藩主の小笠原忠苗(ただみつ)が回遊式庭園を築造しました。懸造でできた広縁から見る小倉城がなかなか良かったです。ただ奇抜な周りの建築物とは不釣り合いな感じです。

一流の茶人であり文化人でもあった細川忠興のセンスが反映されて建てられた天守は、四重五階大天守と一重の小天守が付いた連結式層塔型天守でした。黒塗りの戸板で覆われた南蛮造りは評判になり、津山城、高松城などの参考にされたと言われています。

他にも白洲灯台の岩松翁、宮本武蔵など様々な歴史を学ぶことができた、約90分のキャスリングでした。



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