キャスリング 志苔館(続日本100名城)

JR函館本線函館駅から東に9キロ、函館市電湯の川駅から東に3.6キロ、45分歩くと志苔館跡があります。

函館空港のすぐ南にあり、空港ロータリーから南に1.7キロの所にあります。駐車場は無いので、ちょっとしたスペースに停めました。

海岸段丘上にあり、和人とアイヌの殉難慰霊碑があります。


もう一段上がると志苔館跡の保存についての看板があります。

志苔館跡は、明治時代にかなり荒廃が進んでいたのを、地元の方達が保存に尽力し、北海道庁や函館教育委員会の調査が進み史跡指定されました。

保存についての看板を進むと、トイレと東屋があります。

東屋に続日本100名城のスタンプが置いてあります。24時間開いてるみたいです。横にはハマナスの花が咲いていました。

さらに一段上がると志苔館跡の看板があります。南に津軽海峡の海、西に志海苔川が流れる要害です。

築城年や築城者は不明ですが、南北朝の戦いで敗れた武士たちが、北海道を渡り道南のこの地に館を築いた事から始まります。

1456年 阿伊努(アイヌ)との戦い(コシャマインの戦い)で館は攻め落とされました。

防御のための四方の堀、土塁、門、柵、橋、土橋が配されていますが、西側は二重の堀になっています。その坂道を上がっていきます。

その後、小林氏が志苔館に入りましたが、1512年にアイヌから攻められ(ショヤコウジ兄弟の戦い)で館主の小林良定が討ち死にしました。小林氏は松前藩に従属した為、志苔館は廃館となりました。

志苔館から西を見ると、函館市内と函館山がはっきり見えます。郭内には建物、柵、堀、井戸の遺構が発見されました。さらに陶磁器類、金属製品、石製品、木製品が出土されました。陶磁器は中国製の青磁、白磁、鉄釉もあり、それなりに繁栄していた事がうかがわれます。

東西70m、南北50mの長方形の郭内には、7棟分の建物の遺構が発見されました。

南北朝の戦いで辿りついた北の大地でも、アイヌ人との戦いでした。道南12館の最東端にあたる志苔館は、30分のキャスリングでした。



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