キャスリング 伊奈陣屋編

ニューシャトル丸山駅から南に200mの所に伊奈氏屋敷跡(裏門側)があります。

車の場合、駐車場はありませんでした。


1590年 関東郡代の伊奈忠次は、この地に陣屋を構えました。屋敷の規模は東西350m、南北750mになり、今いる場所は北側の裏門跡になります。2019年10月のキャスリングでしたが、障子堀の新たな発掘を行っていました。

障子堀は、幅5m、深さ2mの堀の中に、高さ1.5mほどの畝が障子のように巡らされていました。以前発掘された障子堀は、保存の為に埋め戻されており、草が生えて分からない状態です。障子堀と言えば、北条氏がよく使用する築城術ですが、他にも使われている技術だという事ですね。

障子堀の北側には、土塁や堀が構えられていました。ここから南側に向かってみます。

民家が点在し車が通れる道がありますが、クランク状になっているので通行には注意して下さい。南側の二の丸跡まで来ました。地鎮祭などの儀式に埋納したとされる水晶や瀬戸焼、美濃焼、伊万里焼などの陶磁器が発掘されています。

伊奈氏は奥川家康に仕え、1万石の所領を有し、検地、新田開発、治水事業などを行いました。孫の伊奈忠克は、利根川東遷事業、玉川上水の整備と水道奉行として名を馳せ、今日の江戸、東京の立役者です。

1618年 伊奈忠次と子の忠政の死後は、次男の忠治が築いた赤山陣屋(川口市)に移り、旗本伊奈氏の屋敷となりました。

陣屋と言いながらも、巡らされた堀と土塁を見ると立派な城郭です。今回は30分のキャスリングでしたが、散策できる遊歩道もあり、次回はゆっくり見てみたいです。



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