キャスリング 横手城編

JR奥羽本線横手駅から北東に2キロ、25分歩くと横手城があります。

車の場合、秋田自動車道横手インターから北に6キロ、15分ほどで無料の牛沼駐車場に着きます。

1300年頃 稲庭を本拠地とする小野寺道有が朝草刈城を築きました。

1500年代になり、小野寺泰道が横手市平城町周辺に居住し、街づくりを行ったとされています。

駐車場から坂を上がると二の丸に模擬天守(展望台)があります。本丸は秋田神社がある所になります。

1550年頃 小野寺氏は本丸跡(秋田神社周辺)に横手城を築城しました。周辺には、杉沢館、猪岡館、真壁館、黒川館、西野館を築きました。横手城は、土砂崩れ防止と敵が滑りやすいようにと、斜面に韮を植えたので、韮城とも呼ばれています。天守閣は無く櫓があったそうです。

岡崎城を模した模擬天守は、展望台やちょっとした資料があり、入館料は大人100円です。

1601年 関ヶ原の戦い後、小野寺氏は上杉景勝と通じ西軍とみなされた為、改易となりました。

1602年 久保田城に佐竹義宣が入城すると、横手城も佐竹氏所有となり、横手城代に伊達盛重(伊達政宗の叔父)や須田盛秀が入りました。

1624年 宇都宮釣り天井事件で改易となった、徳川家康重臣の本多正純、正勝父子が横手に幽閉され、この地で生涯を終えました。

1672年 5代目城代に戸村義連が入り、明治時代まで戸村氏が治めました。

歴史年表や昔の横手城絵図があります。

1868年 戊辰戦争で官軍側についた佐竹氏は、幕府軍の仙台藩と庄内藩から攻められ、横手城は落城しました。

展望台に上がると、南は横手市内、南西の遠くに鳥海山が見えました。北東側は山になっています。

二の丸跡には、1189年奥州合戦で出羽の地頭職となり、横手の礎を築いた小野寺氏顕彰碑があります。奥州合戦や戊辰戦争など戦いの舞台になっていた横手城は30分のキャスリングでした。



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