キャスリング 豊田城編

関東鉄道常総線南石下駅から南東に800m、10分歩くと豊田城模擬天守の常総市地域交流センターがあります。

車の場合、圏央道常総インターから北に4キロ、6分ほどで着きます。

模擬天守の所に豊田城があった訳ではなく、ここから東に3キロの小貝川堤防に、本来の城跡があります。


桓武平氏系列で、平貞盛の弟である繁盛の四代後の平重幹の第三子の政幹が赤須四郎と名乗り、下総国豊田郷に住みました。前九年の役の衣川の戦いで武功をあげ、後冷泉天皇より鎮守府副将軍に任ぜられ、豊田、岡田、猿島の三郡を下賜されました。

これにより、豊田将基と改め20代、500年間、この地域は豊田氏の本拠地でした。

常総市地域交流センターは、展示室や展望室があり入館無料でした。

郷土の歌人である長塚節の銅像が出迎えてくれました。

一気にエレベーターで展望室まで上がると、北東には筑波山が綺麗に見えました。

近年の小貝川の氾濫もありましたが、治水の歴史が展示されていました。他にも古代、中世時代の展示物もあります。ここでは20分のキャスリングでした。

地域交流センターから東に約3キロ、車で6分、小貝川の堤防の所に、実際の豊田城跡があります。

長年、豊田氏が権勢を誇りましたが、結城氏、佐竹氏の台頭と下妻城主多賀谷重政と合戦が続きました。

1575年 謀反や謀略により豊田氏は滅亡しました。

1601年 豊田氏滅亡後、多賀谷氏の居城となっていましたが、徳川家康に追放され廃城となり、遺構はありません。石碑と案内看板のみですが、常総の名家である豊田氏の歴史を知る事ができた10分のキャスリングでした。




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