キャスリング 松尾山城編

JR東海道本線関ヶ原駅から南西に2キロ、25分歩くと松尾山城登山口に着きます。

車の場合、道沿いの砂利広場に5台程度、登山口の看板の所に6~7台停められる無料の駐車スペースがあります。駅前のレンタサイクルで巡っている方もいるみたいですね。

登城ルートは2つあり、北の松尾山登山口ルートと南の平井地区の公民館ルートがあります。今回は、北からの登城です。


綺麗に整備された登山路を登りキャスリングスタートです!歩きやすいですが、片道約2キロ、30分ほど登ります。

途中で分かれ道がありますが、看板があるので間違えないと思います。あと930m!

小早川氏の旗印「違い鎌」ののぼりがあると雰囲気出てきますね。。切通しや土橋が出てきました。

スタートから30分で松尾山城跡に到着です!

標高293mの松尾山からの景色は、関ヶ原が手に取るように分かります。合戦時の布陣の案内看板もあり、誰が優勢か劣勢かすぐ分かったと思います。

1394年~1428年の室町時代に富島氏が築かれたと言われています。その後、浅井長政家臣で鎌刃城主の堀秀村が入りました。その当時は、長亭軒の城と呼ばれていたそうです。

1600年 関ヶ原の戦いで大垣城主の伊藤盛正は、西軍の石田三成に大垣城を譲り、松尾山城を陣営を置きました。しかし、小早川秀秋に横取りされ、秀秋の陣地となりました。

諸説ありますが、関ヶ原の戦いで西軍の小早川秀秋は、すでに東軍に内通し、石田三成の出撃要請に応じず、東軍の出撃要請にも応じませんでした。東軍の徳川家康は業を煮やし、鉄砲を松尾山城に向けて撃って、ようやく西軍の大谷吉継を攻めました。

土塁、虎口、竪堀などが良好に残っています。

その後、小早川秀秋は、備前国55万石の岡山城主となりました。関ヶ原が一望できる松尾山城で、どちらに味方するか戦況を見ていたのではないかと思います。

今となっては、真実は分かりませんが、その人の気持ちに少しでも近づいて、自分であればどう判断するかを考えるのも歴史のロマンですね。往復4キロ、80分の道のりでした。

※実際には、山頂で40分ほど休憩と遺構散策していました。



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