キャスリング 久能城編(久能山東照宮)

JR東海道本線、新幹線の静岡駅からバスで50分で日本平に着きます。そこからロープウェイで5分の所に久能城(久能山東照宮)があります。

車の場合、東名自動車道日本平久能山スマートインターから東に6キロ、10分で一ノ鳥居に着きます。駐車場は、参道近くであれば一日500円、久能山権現駐車場で一日200円です。


近くに車を停めて、1159段ある石階段からキャスリングスタートです。一段一段が低いので段数の割には楽だと思います。

7世紀の頃、久能忠仁が久能寺を建立しました。

1568年 武田信玄が駿河に侵攻した際に、家臣の今福友清が城主となり、久能寺を清水北矢部に移しました。久能城北側の静岡市内は見えず、駿河湾が見えるので、海上監視の為の城だと考えれられています。(※1568年以前の今川氏時代に既に城塞化されていた説もあります。)

スタートから20分で一ノ門に着きました。眼下には太平洋と伊豆半島が見えます。駿河湾に面した標高210mの有度山の一部を利用した山城です。

一ノ門をくぐると右手に武田氏家臣の山本勘介にまつわる勘介井戸があります。ここが武田信玄の城だという事が実感できます。さらに案内看板の縄張り図を見ると、ここがなんらかの曲輪だったという事も想像できます。

1582年 武田氏が滅び、今福虎孝は自刃、今福昌和が戦死し、徳川家康の城となりました。家臣の松下吉綱、大久保忠政、榊原清政が城主となりました。

看板には、久能寺、久能山城、久能山東照宮の3つの時代の案内文があります。

案内板では、この社務所やロープウェイ駅周辺が二の丸という事になります。

本丸のある東照宮神廟に向かいます。参拝料は大人500円です。

楼門をくぐると、家康の手形があります。

徳川家光が建立した五重塔は、明治の廃仏毀釈で取り壊されました。真ん中の蘇鉄は駿府城から移植されました。

江戸幕府大工棟梁の中井正清は、二条城、名古屋城、日光東照宮などの重要な建築物を担当をしました。そこに集まった職人集団の歴史が、現在のプラモデルや模型の発展につながりました。

1616年 徳川家康が死去し、御廟所となり久能城の役目は終わりました。

国宝の御社殿は権現造りとなり、荘厳で極彩色豊かな造りです。

久能城の遺構は殆ど残されていませんが、城郭の面影を感じながら、約2.2キロ、40分のキャスリングでした。



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