キャスリング 牛久城編

JR常磐線牛久駅から南に3キロ、40分歩くと牛久城跡があります。

車の場合、圏央道つくば牛久インターから南に9.3キロ、20分ほどで着きます。駐車場は無く、牛久城跡の看板がある所に駐車スペースがありましたが、完全な駐車場では無さそうなので、注意して下さい。

牛久城跡の北側にある牛久城大手門から、牛久城跡(南)に向かう道が狭くなるので、注意して下さい。


1550年頃 岡見氏により築城されました。下妻城の多賀谷氏を支持する佐竹氏と岡見氏を支持する北条氏との間での対立の地となりました。

案内板がある場所は、縄張り図を見ると三の丸となっています。

三方を牛久沼に囲まれた平山に北条流の築城術が取り入れられています。木戸口と呼ばれる虎口を入っていきます。

岡見氏の支城である谷田部城と足高城は、多賀谷氏に攻められ落城しましたが、牛久城は豊島氏、高城氏に援護され守りきりました。その際に北条氏が駐留しました。

1590年 豊臣秀吉の小田原征伐により、北条氏は滅亡し牛久城は開城となりました。

入り口からすぐ出てくる大きな空堀を見ながら土橋を渡り、奥に進んでいきます。

1623年 豊臣秀吉は由良国繁を城主としていましたが、関ヶ原の戦いで由良氏は減封となり廃城となりました。

土橋をわたると左手に二の丸があります。二の丸の周りは土塁で囲まれています。

1628年 山口重政が1万5千石で入城し、牛久藩が立藩されました。

二の丸から細長い腰曲輪を通り奥に行くと、本丸の土橋が出てきます。

1669年 2代藩主山口弘隆により、牛久城外郭内西側に牛久陣屋が築かれました。

二の丸と本丸の間には堀があり、必然的に腰曲輪を通らないと本丸には入れず、厳重な防御態勢が敷かれています。牛久城は迫力のある空堀、馬出、土橋など良好な状態で残っていながら、比較的コンパクトで周り易かったです。約20分のキャスリングでした。



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