キャスリング 皆川城編

JR両毛線、東武日光線栃木駅から北西に6キロ歩くと皆川公民館に着きます。

車の場合、東北自動車道栃木インターから西に4キロ、10分ほどで皆川公民館に着きます。皆川公民館に広大な無料の駐車場があり、登城口やトイレ、案内板が整備されています。

公民館や駐車場部分はかつて皆川城の居館がありました。


1229年~1232年に皆川宗員が築城の説と1394年皆川秀光が築城の説と諸説あります。皆川氏は会津田島地方から移り住んだという伝承があります。

トイレ脇にはパンフレットが置いてあり、地元の城愛を感じられます。

登城口の目の前にある迫力の竪堀を見るだけでテンションが上がります。頂上の本丸までは歩いて15分ほどです。

別名:法螺貝城と呼ばれる通り、螺旋状の城となり、帯曲輪、腰曲輪が配され、曲輪を断ち切るように竪堀があります。

案内板では枡形門とされている部分です。伐採されているので、お城の構成が分かりやすいですね。

戦国時代になると、皆川氏は鹿沼城を攻略した宇都宮氏から圧力を受け、従属と離反の繰り返しでした。

西側にも立派な竪堀があり、上から撮りました。本丸まで140mです。

1590年 豊臣秀吉の小田原征伐で、皆川広照は北条氏に味方し、小田原城へ籠城しました。それにより、上杉景勝から攻められ皆川城は落城しました。

主郭手前の曲輪には井戸跡があります。最後の階段を上がれば主郭(本丸)です。

皆川広照は、小田原城包囲直後に脱出し、徳川家康の陣所に駆け込み、秀吉から所領を安堵されました。皆川広照は栃木城に拠点を移し、皆川城は廃城となりました。

主郭(本丸)に着きました。展望台が設置されています。本丸部分は一の曲輪とされ、西側に二の曲輪(お花畑)、更に西に西の丸があります。

麓からの高さは80mで、展望台から南東を見ると筑波山と栃木市内、北には皆川城カントリークラブが見えます。

南には東北自動車道が見え交通の要衝地だった事が分かります。城好きで有名な春風亭昇太さんも登城された記事や写真が展示されていました。

居館跡の周りに残っている土塁と夜の皆川城です。一風変わった手作り感満載のイルミネーションは東北自動車道からも見え、ドライバー達を楽しませています。

程よい高低差で散歩コースとして整備されている皆川城は、40分のキャスリングでした。



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