キャスリング 蒲原城編

JR東海道本線新蒲原駅から北に1.3キロ、20分歩くと蒲原城址駐車場に着きます。

車の場合、国道1号線(富士由比バイパス)高浜インターから北に1.6キロ、5分ほど蒲原城址駐車場に着きます。6台ほど停められる無料駐車場に案内板や登城口があります。


築城時期は不明ですが、1532年~1555年頃に今川氏により築城したとされています。

駐車場から1分ほどで案内板が出てきます。

1568年 甲相駿三国同盟が崩壊し、武田信玄の駿河侵攻が始まりました。武田信玄は、蒲原城を落とさずに駿府に入りましたが、今川氏の援軍として北条氏信(新三郎)が蒲原城で武田軍を迎える体制を整えたので、信玄は撤退しました。

鳥瞰図を見ると、駐車場がある所は搦手口にあたり、東曲輪や空堀を見て登っていくルートです。

駿河奪還のために掛川城から今川氏真が一時的に入城しました。

階段が整備されており、駐車場から本丸までは、10分ほどです。

1569年 武田信玄が再侵攻が始まり、北条氏信ら北条氏、今川氏諸将は戦死し、蒲原城は落城しました。信玄は蒲原城を改修し、北条氏に対する防衛拠点としました。

本丸からは、由比、興津の町並みが見えます。標高138mの山地が突出し、麓の東海道の難所とされています。

1582年 織田・徳川連合軍に攻められ、蒲原城は落城し、そのまま廃城となりました。

本丸から一段下がった所が、善福寺曲輪になります。模擬の逆茂木があり、曲輪は土塁で囲まれています。

本丸と善福寺曲輪との間の空堀と逆茂木です。

今川氏を守る為に派遣された北条氏信と武田勝頼との間で激しい戦いが繰り広げられました。

善福寺曲輪から西を見ると深い山々が連なっています。善福寺曲輪では、中国の景徳鎮産の大皿や青磁、白磁などが出土されました。

善福寺曲輪下には石垣や腰曲輪の土塁があります。

立派な石垣に感動しながら、コンパクトで周りやすい蒲原城は26分のキャスリングでした。



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