キャスリング 壬生城編

東武宇都宮線壬生駅から北西に850m、11分歩くと壬生城跡があります。

車の場合、北関東自動車道壬生インターから南に6.3キロ、10分で着きます。広大な無料の城址公園駐車場があります。立派な二の丸表門からキャスリングスタートです!


1462年 始祖の壬生胤業がこの地に館を構えました。

1469年~1486年の間に壬生氏2代当主の壬生綱重によって築かれたとされています。

城址公園は、公民館、図書館や歴史民俗資料館があり、学びの場になっています。

1590年 北条氏に味方をしていた壬生氏は、豊臣秀吉の小田原征伐で北条氏とともに滅び、結城秀康の結城藩の支配下となりました。

土塁と堀が残っています。

1600年 結城秀康が福井藩に異動となり、日根野吉明が1万石で入城し、壬生藩が立藩しました。

1634年 日根野吉明は豊後府内藩に異動となり、阿部忠秋が2万5千石で入城しました。

1639年 阿部忠秋が武蔵国忍藩に異動となり、三浦正次が2万5千石で入城しました。

1692年 3代藩主の三浦明敬が日向国延岡藩に異動となり、松平輝貞が3万2千石で入城しました。

1695年 松平輝貞が上野国高崎藩に異動となり、加藤明英が2万5千石で入城しました。

1712年 水口藩では評判の良かった加藤明英ですが、悪政をしき継いだ加藤嘉矩は水口藩に戻され、鳥居忠英が3万石で入城しました。殖産興業で干瓢の栽培を奨励し、藩校を創設した名君でした。明治維新まで鳥居氏が8代続きました。

堀を渡り、土塁の横には、江戸時代の壬生藩の領地を示す石標があります。

壬生城址公園の西側には、始祖の鳥居元忠を祀った精忠神社があります。ここで旅の安全を祈願しました。

幕末期になると尊王攘夷をめぐり壬生藩は混乱しましたが、新政府軍について幕府軍と戦い、明治維新を迎えました。

城主を目まぐるしく変わりましたが、東北諸藩への重要な場所だという事が分かった30分のキャスリングでした。



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