キャスリング 足助城編

名鉄三河線猿投駅から東に17キロの所に足助城があります。

東海環状自動車道鞍ヶ池スマートインターから東に13キロ、20分ほどで着きます。

無料の駐車場があり、開城時間は、9:00~16:00で、毎週木曜日休みです。


入城料は大人300円です。

築城時期は不明ですが、鈴木氏が標高301mの真弓山に築城したとされています。

1525年 松平清康(徳川家康の父)が足助を攻め、足助城主の鈴木重政は松平氏に従属しました。

1552年 今川氏が足助を攻め合戦となりましたが、引き返しました。

真弓山の山頂を本丸として、四方の尾根を利用した連郭式山城です。

1556年 鈴木伊賀守は武田氏家臣の下條氏と戦いました。東の武田氏、南の今川氏の脅威がありました。

公園として整備され、気持ちよくキャスリングできます。

1564年 桶狭間の戦い後で今川氏が滅ぶと、松平元康(徳川家康)が足助を攻め、鈴木重直は元康に降りました。

西の丸からは岡崎、名古屋への街道が眺められ、2棟以上の建物があった事が分かっています。

1571年 武田信玄が足助城を攻め、鈴木重直らは徳川家康方に逃げました。

西の丸の物見台や南の丸の台所の建物など渋い感じで復元されています。南の丸では、かまどに使われた石や炭が発掘されました。

1573年 徳川家康の長男の信康は、足助城を攻めて武田氏を追い払い、鈴木重直に足助城を守らせました。

南の丸の台所建物の中も本格的に復元され、当時の様子がうかがえます。南の丸から本丸へ向かいます。

1581年 高天神城の戦いで、鈴木氏は武功を上げました。

発掘調査に基づいて復元された本丸建物に入ります。

1584年 徳川家康は、鈴木重次に恵那、土岐の所領宛行状を与えました。

足助の町並みの信州、美濃への街道が望めます。数々の戦いが起きた事が信じられないくらい、ゆっくりとした時間が流れています。

1590年 徳川家康の関東移封に伴い、鈴木氏も従い足助城を去り廃城となりました。

建物内部には、鈴木氏の年表や系図のパネルがあります。戦国大名の攻防の地となった足助の歴史を知る事ができた60分のキャスリングでした。



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