キャスリング 助川城編

JR常磐線日立駅から西に2.2キロ、35分歩くと助川城跡があります。公園として整備されています。

車の場合、常磐自動車道日立中央インターから南に5キロですが、城跡公園に駐車場が無いので、近くの日立総合病院第二駐車場を利用しました。30分以内は無料で、それ以降は1時間200円です。駐車場から城跡公園までは400mほどです。


1836年 水戸藩藩主の徳川斉昭は、家老の山野辺義観を海防総司に任命し、海防政策として築城を命じました。

一国一城令があるので、山野辺の屋敷をここに移すという名目でした。階段を上がると、山野辺義観が可愛がっていた鳩の死を悼んだ石があります。

山野辺義観は子弟教育の為に養正館を開設しました。4年後に開館された弘道館の先駆けとなる藩校でした。

イギリス、ロシア、フランスと列強の船が日本近海を航行する中、徳川斉昭は尊王攘夷派として、鎖国していた日本を守る為に築城しました。高台にある城跡からは太平洋が見えます。

150mほど上に上がると表門礎石跡や遠見番所跡があります。三の丸、二の丸、本丸と構成された本格的な城でした。

1864年 天狗党の乱に巻き込まれ助川城は落城し、28年の幕を閉じました。動乱の幕末の中で翻弄された城だという事が分かった20分のキャスリングでした。



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