キャスリング 平泉館編

JR東北本線平泉駅から北に650m、9分歩くと平泉館(柳之御所史跡)があります。

車の場合、東北自動車道平泉前沢インターから南に4キロ、6分ほどで着きます。国道4号線沿いの道の駅平泉に車を停めて歩いて3分ぐらいです。柳之御所資料館はリニューアル工事で閉館中(工事中)でした。(2020年2月キャスリング)オープンは2021年を予定しているそうです。

広大な芝生の敷地の史跡公園は、開園9時から17時までで、入園無料です。


1094年頃 奥州藤原氏初代の清衡は、江刺郡豊田館から岩井郡平泉に居を移したのが始まりとされています。

芝生広場には、それぞれの位置にあった建造物の案内看板があります。

藤原清衡、基衡、秀衡の三代にわたり奥州の政治中心地として機能しました。堀や庭園、掘立柱建物などの遺構や土器、陶磁器などの遺物が発掘されています。

園池は、新旧二期あったとされ、二期目の新しい池が復元されています。

中心建物は、規模が大きく平泉館の政治的な儀式や宴会が行われていたそうです。

館からは64カ所の井戸が発掘され、陶磁器や木製品などが発掘されています。

倉庫風建物は、高床式建物と考えられ、米などの倉庫かもしれません。

使わなくなった井戸を廃棄用の穴として使用していました。

12世紀末に藤原秀衡が建立した無量光院に向かって、道が整備されていました。ここから直線距離で東に約400mほどの所にあります。

他にも、中尊寺を建立し直線距離で北西に約2キロの所にあります。

藤原基衡の頃、源義経の居所にもなったと言われています。

汚物廃棄穴では、現在のトイレットペーパーにあたる「ちゅう木」が発掘されました。

1189年 源頼朝の奥州征伐(奥州合戦)で藤原泰衡は自ら館に火を放ち炎上し、藤原氏は滅亡しました。

平泉館は北上川沿いにあり、遺構は洪水などで流されてきたと思われていましたが、発掘調査の結果、重要な遺構が発見されました。保存の為に、国道4号バイパスや堤防が迂回して造られたので、私も歴史を知る事ができた30分のキャスリングでした。

(おまけ)

平泉館から北西に約500mの所に高舘があります。源義経が31才で自刃をした地とされています。

藤原秀衡は義経をかくまってきましたが、藤原泰衡は頼朝の圧力に屈し、義経を襲い自刃に追い込んだをされています。



シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする