キャスリング 松倉城編

JR高山本線高山駅から南西に3.4キロの所に松倉城シンボル広場があります。

車の場合、中部縦貫自動車道(国道158号線)高山インターから南に6.9キロ、15分ほどで松倉シンボル広場に着きます。途中の道が狭いので注意して下さい。(2020年2月キャスリング)


標高856m、比高360mの松倉山の山頂に築かました。麓の飛騨の里から遊歩道で登る事もできますが、今回は車でシンボル広場を目指します。

1579年 飛騨の国人である三木自綱(姉小路頼綱)により築城されました。南に30キロの所にある下呂市の桜洞城から居城を移しました。

シンボル広場の駐車スペースらしき所に停めました。5台ぐらいは駐車できそうな感じでした。

三木自綱は、覇権争いをしていた江馬輝盛や鍋山城主で弟の三木顕綱、高堂城主広瀬宗城などを倒して、飛騨全土を平定しました。

整備されているので比較的歩きやすく、シンボル広場から本丸まで歩いて10分ほどです。途中、堀切などがあります。

三木自綱は、織田軍で富山城主の佐々成政と協力しました。

広場から10分ほどで、階段の向こうに迫力の西南隅櫓石垣が出てきました。

1585年 豊臣秀吉は、越前大野城主の金森長近に三木氏討伐を命じました。(飛騨征伐)

松倉城の西側から登ってきましたが、三の丸である西南隅櫓の石垣もまた見事です!

三木自綱の次男である三木秀綱も徹底抗戦しましたが、金森軍の攻撃に耐えられず、仲間の裏切りもあり落城しました。

東西に細長い縄張りで、大手門にあたる東側には、旗立台と呼ばれる大きな石があります。

金森長近により、石垣などが改修されたので、金森時代の石垣になります。

1588年 松倉城を居城としていた金森長近は、不便で狭いので高山城を築城して、松倉城は廃城となりました。

本丸虎口を通り本丸にあがります。

本丸からは東に穂高岳、乗鞍岳が望め、眼下に高山市内が一望できます。高山城のある城山も見えます。

雪と石垣のコラボレーションと素晴らしい景色に出会えた、40分のキャスリングでした。



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