キャスリング 吉良城編(土佐国)

JR土讃線伊野駅、とさでん交通伊野駅前から南に7.7キロの所に吉良城跡があります。

高知自動車道土佐インターから東に6.3キロ、12分ほどで吉良城跡に着きます。駐車場は見当たらず、車1台停められそうなスペースがあったので停めさせてもらいました。そこから100m歩くと登山口があります。(2020年2月キャスリング)

1160年の平治の乱の後、土佐に配流された源希義の子孫とされる吉良八郎が築城したとされています。築城時期は不明です。土佐吉良氏の居城として代々続きました。

吉良城登り口からキャスリングスタートです!

吉良氏は、土佐七雄(他に本山氏、安芸氏、津野氏、香宗我部氏、長宗我部氏、大平氏)の一人でしたが、1500年頃から近隣諸国との争いが激しくなっていきました。

美しい竹林を抜けて山道を登っていきます。

1540年 吉良宣直の時に、本山茂辰により落城し、吉良氏は滅びました。本山茂辰は吉良茂辰を名乗りました。

途中ロープを伝って登る急斜面があるので注意して下さい。スタートして15分ほどで大堀切に架けられた竹橋に着きます。現在でも渡れます。

1563年 長宗我部元親に攻められ、拠点だった朝倉城、本山城に逃げ帰りました。長宗我部元親の弟の親貞を吉良城主として吉良氏を継承させ、吉良親貞と名乗りました。

大迫力のV字カットされた大堀切は見もので、高さ3m以上、幅5m以上あります。吉良城は南北に細長い城で、南側からキャスリングしており、大堀切をわたると北の詰めの段になります。段の横には石塁がありました。

吉良親貞の子、親実は長宗我部元親の後継者問題で揉めて吉良氏は断絶となり、吉良城は廃城となりました。

北の詰めの段の北西側には迫力の四重堀切があります。詰めの段には狼煙台と思われる高まりがあります。

標高116m、比高は110mと吉良ヶ峰から南東の尾根沿いに築かれた山城です。

南の段には大穴があり(戦争中に掘られたと思われる)先端からは春野平野が一望できます。

南の段の南西には、畝状竪堀群があります。単純な縄張りながら圧巻の大堀切や四重堀切で防御性を高め、群雄割拠する土佐国のせめぎ合いの城だった事が分かった約1時間、1.8キロのキャスリングでした。



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