キャスリング 浦戸城編

とさでん交通桟橋五丁目駅から南に8.8キロの所に浦戸城跡があります。

車の場合、高知自動車道高知インターから南に12.2キロ、20分ほどで浦戸城跡に着きます。浦戸城の手前に無料の駐車場があります。10台ほど停められそうでした。

(2020年2月キャスリング)


駐車場のすぐ裏手が天守台になり、階段を上がって1分です。

1532年~1554年頃、標高59mの浦戸山に城砦が存在し、土佐七雄の一人である本山茂宗によって本格的に築城されました。

天守跡は東西11m、南北15mほどです。

1560年 長宗我部国親が長浜の戦いで本山氏を破り、浦戸城を支配しました。

天守跡の斜面に石垣らしき石が残っています。

1588年 岡豊城主の長宗我部元親は、大高坂山(現在の高知城)に城を移しますが、水害に悩まされ、浦戸城を本格改修しました。

坂本龍馬記念館の南側(太平洋が見える所)が詰ノ段になります。

長宗我部元親の本格改修で、本丸、二の丸、三の丸、出丸と三層の天守を造りました。10年間長宗我部氏の居城となりました。

1599年 長宗我部元親が亡くなり、四男の盛親が家督を継ぎますが、翌年の関ヶ原の戦いで西軍につき、長宗我部氏は改易となりました。

案内看板から遊歩道を東に歩くと、圧巻の三重堀があります。

1601年 山内一豊が土佐藩主となり、浦戸城に入城しました。浦戸一揆など長宗我部旧臣による抵抗がありなかなか入城できなったようです。

三重堀からさらに東に歩くと二ノ段(二の丸)があります。

1603年 山内一豊は浦戸城の手狭さから、新たに高知城の築城し、浦戸城は廃城となりました。

二ノ段には既に早桜が咲いていました。浦戸城の規模の大きさと長宗我部氏の巧妙な縄張りを楽しんだ40分のキャスリングでした。

(おまけ)

浦戸城から車で5分走ると土佐タタキ道場があります。

自分で火加減を調整しながら(アドバイス付き)で鰹のタタキ定食を頂きました。浦戸城キャスリングですいたお腹を満たせました!



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