キャスリング 安芸城編

土佐くろしお鉄道ごめん・なはり線安芸駅から北に2.1キロ、25分歩くと安芸城跡です。

車の場合、高知自動車道南国インターから東に37キロ、50分ほどです。安芸市立歴史民俗資料館の東側に無料駐車場があります。(2020年2月キャスリング)


1308年 鎌倉時代に安芸親氏がこの地に城を構えたと言われています。高知東部周辺を支配し、戦国時代には土佐七雄の一人となりました(本山氏、吉良氏、津野氏、香宗我部氏、大平氏、長宗我部氏)

堀と土塁、枡形石垣が整備されています。

1569年 安芸国虎は、岡豊城の長宗我部元親を頻繁に攻めていました。しかし長宗我部氏に内通した横山民部が井戸に毒を入れるなどの裏切りにあい、長宗我部元親から安芸城を攻められ落城しました。枡形虎口をくぐると五藤家安芸屋敷があります。

江戸時代土佐藩家老の五藤家の安芸屋敷です。明治時代に入り屋敷などは壊されましたが、明治24年に再建されています。この時代には珍しい寄棟造り屋根で国の有形文化財に登録されています。

敷地内には、安芸市立歴史民俗資料館、書道美術館があります。その一角に、長宗我部氏から攻められ、毒を投げられ安芸氏が総崩れになった毒井戸跡があります。

1569年 安芸城が落城後は、長宗我部元親の弟の香宗我部親泰が安芸城に入城しました。安芸城は、安芸平野のほぼ中央に東西100m、南北190mの楕円形の平山城です。階段を上がって本丸まで5分ほどです。

1600年 関ヶ原の戦いで西軍についた長宗我部盛親は改易となり、山内一豊が土佐一国を与えられると、山内氏家臣の五藤為重が1100石で安芸城に入城しました。

階段上がって1分で三ノ段、すぐに二ノ段です。

さらに階段を上がると標高41mの本丸です。中世の安芸氏が築き、江戸時代の五藤氏により整備された城です。

1615年 一国一城令により、安芸城から安芸土居と称しました。

本丸の北には、北ノ段があります。

資料館の横にはパネルがあります。一乗谷の戦いで朝倉氏家臣の三段崎為之を討った際に、矢が顔に刺さった山内一豊とその矢を顔を踏んづけながら抜く五藤吉兵衛です。命を救った五藤吉兵衛の弟の五藤為重が安芸国を任されました。その五藤氏が祀られた藤崎神社です。ここで旅の安全を祈願しました。

内堀と土塁に石垣、庭園など安芸(安喜)土居として今も美しい佇まいがありました。一足早い春を見つけた40分のキャスリングでした。



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