キャスリング 神指城編

JR只見線七日町駅から西に2.9キロ、35分歩いた所に神指城跡があります。

車の場合、磐越自動車道会津若松インターから西に3.3キロ、6分ほどで神指城跡に着きます。駐車場は見当たりませんでした。

案内看板は田んぼの道沿いの野球場のような広場の一角にありました。


1598年 会津に120万石で入った上杉景勝は若松城が狭いと感じ、阿賀川畔に若松城の約二倍の広さの神指城を築城し始めました。総奉行は直江兼続で阿賀川の河川交通を利用して経済効果を高める城下町造りを考えていたようです。

南東を見ると若松城が見えます。直線距離で約3キロぐらいです。

1600年 徳川家康の会津征伐で、神指城築城は中止となりました。関ヶ原の戦い後、西軍についた上杉景勝は米沢30万石で異動となり、神指城は破却となりました。神指城の石垣はそのまま若松城に利用されました。

さきほどの場所から500m北東の所に、大ケヤキ(土塁跡)があり、この場所と北極星を基点に縄張りしました。

二の丸の堀まで含めると東西710m、南北780mの巨大な輪郭式平城でした。築城前から存在していたとされる大ケヤキを上杉景勝や直江兼続も見ていたかと思うと、遺構は少なくても感動を覚える20分のキャスリングでした。



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