キャスリング 吉川元春館編

JR芸備線井原駅から北西に36キロの所に吉川元春館があります。広島駅からだとバスで2時間ほどです。

車の場合、中国自動車道千代田インターから北西に10キロ、15分ほどで着きます。画像のように、国道433号線沿いにあり、100台ほど置ける無料駐車場があります。

1583年 毛利元就次男の吉川元春は、子の元長に家督を譲り、隠居の館として造営しました。

1586年 吉川元春館の完成を待たずして、吉川元春が九州征伐の途中で亡くなり、子の吉川元長も亡くなりました。その後、元長の弟である吉川広家の頃に完成しました。

駐車場からすぐの所に石切り場があります。東西7m、高さ4mの石切り場には矢穴が残っています。そしてそのすぐ上には、高さ3m、長さ80mの石垣があります。

1591年 吉川広家が月山富田城に入城すると、使われなくなり廃墟となっていったそうです。

吉川元春館から北東に直線距離で3キロの所に本拠としていた日野山城があります。その日野山城の西南の麓で志路原川に面した河岸段丘上に館を造りました。石垣の特徴は、柱のように一定間隔で巨石を配しており強度を高めており、厳島神社の海側参道と同じ積み方をしているので、関係性があると言われています。

土塁が盛られた平面地でも幅7m、深さ1.5mの堀が構えられています。

土塁と石垣で区画された平面地は南北110m、東西80mの規模で、居館、湯殿、台所、番所、便所や庭園がありました。

東西13m、南北12mの書院造の礎石建物跡と、周りには幅2mの門跡と築地塀跡があります。

隠居館に相応しく、築山と池で構成された庭園跡があります。

便所跡があり、土を分析すると梅、茄子などの種や寄生虫の卵などが見つかりました。

1827年 一時期荒廃していた元春館でしたが、修復されました。

西側の森の中に吉川元春の墓があります。西の勢力だった毛利氏、吉川氏の栄華が分かった30分のキャスリングでした。



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