キャスリング 五龍城編

JR芸備線甲立駅から北西に850m、12分歩くと五龍城跡に着きます。

車の場合、駐車場は無いので、県道52号線の五龍橋付近の本村川沿いの1台ほど置けるスペースに停めました。簡易トイレがあります。(2020年3月キャスリング)


築城年は不明ですが、源頼朝の御家人の八田知家(宇都宮宗綱の四男)の子孫の宍戸氏は、近くの柳ヶ城を居城としていましたが、南北朝時代に五龍城を築きました。

登城路は2ヶ所で、鳥居と石階段は表参道側で、川沿いが裏参道側です。表参道側からキャスリングスタートです!

1533年 宍戸氏は勢力を拡大する中、毛利氏と争っていましたが、宍戸隆家は毛利元就と和睦し、元就の五女の五龍局と結婚しました。これにより宍戸氏は毛利氏の重臣となりました。

本村川と江の川の合流地点の山を利用した、東西700m、南北150mほどの山城です。

1600年 関ヶ原の戦い後、毛利氏は周防・長門国に異動となり、城主の宍戸元続は萩に行き、五龍城は廃城となりました。

石階段と坂道を上がると尾崎丸という曲輪になり、宍戸司箭神社があります。6代目の宍戸元家の三男の家俊を祀っています。

神社には五龍城の絵図があり、細長い半島状の山を利用している事が分かります。尾根を堀切と土塁で3つのゾーンに分けています。神社の右手に本丸に続く山道があります。

階段や手すりなどで整備されていますが、所によっては危ない場所もあるので注意して下さい。城の下を国道54号線のトンネルが貫き、それを超えると一位の段になります。本丸まで310mです。

一位の段の次は矢倉の段です。本丸まで204mです。

釣井の段に上は、三の丸、二の丸と続き、尾根上に曲輪が配されています。

姫の丸の上が本丸になり、立派な石垣が残っています。

400年間の時を経てここまで綺麗に残っている事に感動です。石垣の上は土塁が盛られ、急峻な堀切があります。

堀切の西に御風呂の段、御釜の段、御倉の段と続きます。さらに西には御笠丸があります。

御笠丸から西はまた急峻な堀切があり、さらに西に足軽の段と井戸があります。本丸で30分ほど休憩し約2時間半、2.6キロのキャスリングでした。



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