キャスリング 大垣城編(続日本100名城)

JR東海道線大垣駅から南に700m、10分歩いた所に大垣城があります。

車の場合、公営駐車場は無いのでお城近くのコインパーキングに停めました。30分100円でした。

1500年 竹腰尚綱によって揖斐川沿いに牛屋城を呼ばれたとされています。

1583年 池田恒興が城主となりますが、息子の輝政が継ぎます。その後岐阜城主となります。

1585年 田中吉政が城主となります。

1600年 関ヶ原の戦いでは石田三成 西軍の本拠地となります。

1635年 戸田氏鉄(とだうじかね)が入城し、明治まで大垣藩戸田氏の所領となります。

コインパーキングに停めたので、北西の乾櫓の横から大垣城に入りました。

まずは、初代戸田氏鉄公にご挨拶です。明治まで戸田氏の235年泰平の世が続きました。西門からキャスリングスタートです!

大垣市内を流れる水門川を外堀にし、連郭・輪郭式平城の四層四階 塗籠の壁でした。別名:巨鹿城・麋城(きょろくじょう・びじょう)と呼ばれています。

かつての本丸、二の丸跡は大垣公園として整備されており、公園の北東側が大垣城になります。

戸田氏の時代には、隅櫓、城門が配置され、外堀周辺には武家屋敷、町屋など城下町が形成されました。ここから入城します。

入城料は100円です。城内は資料館になっており、特に石田三成と関ヶ原の戦いの経緯などを分かりやすく勉強できるようになっています。続日本100名城スタンプも入り口にあります。

天守閣から西を見ると、伊吹山、養老山地の間に関ヶ原が見えます。こう見ると関ヶ原が交通の要衝だという事が地形で分かります。

天守閣から東を見ると、金華山の上に築かれた岐阜城が見えました。犬山、岐阜、小牧山、大垣とせめぎ合いが激しい地域ですね。

お城を東門(旧柳口門)から出ました。

東門から艮櫓を曲がって、乾櫓に向かって歩きます。

乾櫓横の水の手門跡から入ると「おあむの松」があります。戦国時代の武士の生活を女性目線で描写した「おあむ物語」の由来です。

木曽三川に近い大垣は昔から洪水に悩まされていました。戸田氏鉄は治山治水の政策を行っていました。1896年(明治29年)に大洪水が起こり、水位を示す線が、天守石垣の北西側に刻印されています。

大垣城の石垣は、北西にある金生山(かなぶやま)から切り出しています。金生山の石は石灰石で白色が特徴です。2億5千万年前に赤道付近にあった海底の堆積物が隆起した山なので、切り出した石にはたまに化石があります。現地に行ったら探してみて下さい。40分のキャスリングでした。

(おまけ)

お堀の役割を果たしている水門川です。大垣駅に近くお堀や商店街めぐりも良いですね。

大垣駅前には、水まんじゅうで有名な金蝶園があります。暑い日だったので冷んやりスイーツを頂きました。

(さらにおまけ)

ここまで来たら関ヶ原の戦いの戦地も周りましょう。

まずは松平忠吉と井伊直政の陣跡です。一番槍の福島正則を抜け駆けしたと言われていますね。そして徳川家康の最後陣跡です。

中山道、北国街道、伊勢街道が交わる交通の要衝、関ヶ原の開戦地跡です。

関ヶ原の決戦地跡と石田三成の陣跡です。

石田三成の陣跡である笹尾山から関ヶ原が一望できます。徳川家康の最初陣地の桃配山です。



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