キャスリング 大和郡山城編(続日本100名城)

近鉄橿原線近鉄郡山駅から北に800m、10分歩いたところに大和郡山城があります。

車の場合、お城の南を道を横に曲がると、追手門前に無料の駐車場があります。8台ぐらい置けるスペースです。

1580年、筒井順慶が松永久秀を破り、大和郡山城に入城しました。

1585年、大和、和泉、紀伊の太守として豊臣秀長が入城しました。城郭、城下町を整備していきました。追手門には、豊臣家の桐紋が付いています。

追手門をくぐると坂を上がっていきます。入城は無料です。

1591年豊臣秀長が亡くなり、五奉行の増田長盛が入城します。しかし関ヶ原の戦い以降、増田長盛が高野山へ追放となり、郡山城は徳川家により伏見城に移築されます。

1615年 郡山城の戦い後、水野勝成が三河国刈谷から入城します。

1620年 水野勝成が備後福山に国替えになり、松平忠明が入城します。

1639年 松平忠明が播磨姫路に国替えとなり、本多政勝が入城します。

左手は毘沙門廓跡です。柳澤氏の時に久護門と名を改めました。

天守台の発掘調査では、墓石、地蔵などの転用石材が数多く使われていました。罰当たりな感じがしますが、豊臣秀長は相当急いで造ったのかなと思います。

城内にある旧奈良県立図書館です。1908年に日露戦争の勝利を記念して、奈良県庁内に建てられた県立図書館です。木造二階建て入母屋造りの千鳥破風を配した、県の指定文化財です。

発掘調査中なので迂回して天守台に向かいます。この瞬間にも、歴史の扉が開かれているんですね。もうすぐ桜が満開になると思うので、大勢の方で賑わうでしょう。

お城の隣は郡山高校です。いい場所に学校があってうらやましいですね。

1724年甲斐甲府藩から柳沢吉里が入城します。天守台に向かう前に柳沢神社があります。明治維新まで柳沢氏が城主となります。城内には柳沢文庫の建物があり、そこに続日本100名城スタンプが置いてあります。

天守台から東方向には、平城京、興福寺、東大寺、若草山が見えました。大阪の境に近い事を考えれば交通の要衝であり、軍事的にも重要な場所なのが分かりますね。

天守台は綺麗に整備され、櫓跡などの石札もあります。

いったん内堀を出てぐるりと周ってみます。石垣の造りが場所によって若干変わるのが、造られた時代が違う事が分かりますね。追手門向櫓まで戻ってきました。約40分のキャスリングでした。

(おまけ)

城下町の大和郡山は、風情あふれる街並みです。その中に一風変わった物が・・・

1724年柳沢吉里が入城した際に、甲斐から金魚を持ち込んだ事が始まりとされています。明治維新後に、藩士や農家が副業として金魚養殖が発展しました。それが電話ボックスの中でも息づいています。(今はもうありません)



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