キャスリング 船上城編

山陽電鉄本線西新町駅から西に600m、10分歩いた所に船上城(ふなげじょう)跡があります。

車の場合は、住宅街なので駐車場が見当たりませんでした。

1558年~1586年の間に、三木城の支城として別所吉親が、明石川河口と湿地帯に築城しました。船上西公園には、城跡地図がありました。看板の右奥に見える小高い松林が本丸跡です。

公園から用水路を隔てて本丸跡に近づきますが、田んぼの畦道になりました。入っていいのか不安になります。

1580年 三木合戦後、蜂須賀正勝が入城し、その後生駒正勝が入城し一旦廃城となります。

豊臣秀吉の国替え政策で高山右近が高槻城から枝吉城に入城し、船上城の城下町の建設に着手します。関ケ原の戦い後、池田輝政が姫路城に、姫路城の支城として池田利政が入城します。1616年池田利政が鳥取城に国替えとなります。

1619年小笠原忠真が明石城を築城し、船上城は廃城となります。小さな祠がありますが、歴史が大きく動いた場所でした。10分のキャスリングでした。



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