キャスリング 平戸城編(日本100名城)

松浦鉄道西九州線たびら平戸口駅から西に5キロ、60分歩くと平戸城があります。

車の場合は、城内に駐車場があります。

車の場合、国道383号線から細い道に入ると、奥に駐車場が6カ所で駐車場は無料です。

テニスコートに近い、方啓門から入城します。

1069年松浦党の始祖、松浦久は大阪府より長崎県に来て検非違使として松浦姓を名乗ります。

1281年松浦答は、元寇の役に従軍し戦死します。

1437年松浦義は、足利六代将軍義教から肥前守を任じられます。

城内にある亀岡神社です。旅と家内の安全を祈願します。

1542年松浦隆信の時代は、日明交易が賑わい、ポルトガル船が初めて平戸港に入港します。

肥前国平戸藩主松浦清の十一女の中山愛子氏の銅像があります。愛子氏の子、慶子は、孝明天皇に仕え明治天皇を産みます。愛子氏、明治天皇と大正天皇の養育を任された人でした。

1592年松浦鎮信は、朝鮮の役に出兵し、7年後凱旋します。

1599年文禄、慶長の役後、日之嶽に築城します。

亀岡神社の左手奥に行くと乾櫓があります。中は売店になっています。たばこ種子の渡来地の石碑があります。

1609年松浦隆信の時、オランダ船が入港し、オランダ商館を設置します。その後イギリス商館も設置します。

左手に地蔵坂櫓が見えてきましたが、更に奥に進みます。

切符売り場がありました。ここで入城料大人510円を払います。先ほどの地蔵坂櫓もこれで入城できます。

1651年松浦鎮信は、江戸で山鹿素行と親交を深め、弟の山鹿平馬は松浦氏の家老となります。

切符売り場の隣にある北虎口門と奥は地蔵坂櫓です。階段を登ると狸櫓があります。

1704年松浦棟(たかし)は、平戸城を山鹿流にて再築城します。

本丸門をくぐります。平戸城松浦家800年の長い歴史年表があります。

階段を上がっていよいよ本丸と天守閣です。天守閣入り口に100名城スタンプがあります。

松浦家の甲冑です。オランダ東インド会社の紋章(VOC)が真ん中にある古伊万里焼の絵皿です。海外との交易がさかんで財政もそれなりに潤ったと思います。

ヨーロッパ貴族向けの調度品である金蒔絵の小箪笥です。1860年イギリス船が平戸近海の水深など測量を始めます。海岸防備の為、平戸城や近辺に台場を設置します。

天守閣からの眺めです。東の眼下には、見奏櫓と平戸瀬戸、奥には北松浦半島が見えます。 北の眼下には、平戸観光交流センターや平戸文化センターが見えます。港の向こう岸には、オランダ商館があります。

1865年平戸田助漁港にて、西郷隆盛と高杉晋作、木戸孝允、大隈重信など志士達が来て会談をしています。

天守閣を下りて、見奏櫓に向かいます。

見奏櫓の中は、朝鮮半島からの陶工によって始められた、平戸中野焼の歴史などが展示されています。豊臣秀吉の朝鮮出兵により、陶磁器や白磁の技術が日本で昇華されていきます。歴史の光と影ですね。

城内に現存する唯一に木造遺構の北虎口門をもう一回拝みます。平戸大橋を渡り、対岸から平戸城を撮ってみました。

800年の歴史のある松浦氏は、東シナ海の防衛を徳川の江戸幕府から一任されていたという歴史が分かりました。山鹿素行の軍学が結集した平戸城は、60分のキャスリングでした。



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