キャスリング 水戸城編(日本100名城)

JR常磐線水戸駅から北に500m、歩いて10分に所に水戸城跡があります。

車の場合は、弘道館駐車場があり無料で停められますが、事務所に一声かけておきます。

まずは、弘道館に入ります。弘道館の切符売り場に、100名城スタンプが置いてあります。入館料は大人200円です。

重要文化財の弘道館正門です。水戸藩保守派と改革派の間に起きた、弘道館戦争の時の弾痕が正門の柱にあります。

1841年 徳川斉昭は、水戸藩の藩校として弘道館を、水戸城三の丸に開設しました。

当時の政治的スローガンである尊攘の掛け軸があります。

藩校なのでお城とは違う趣があります。

水戸藩士藤田東湖が起草した弘道館記碑の拓本です。外では剣術、槍、鉄砲、馬術などを学び、縁側を通じて先生が見ていたのでしょう。

1868年明治維新後、謹慎中の徳川慶喜は、江戸開城した後に弘道館の至善堂に入りました。

さかのぼりますが、水戸藩二代藩主徳川光圀が編纂した大日本史は、水戸学に大きい影響を与えました。九代藩主徳川斉昭が設立した弘道館により、水戸学が尊皇攘夷に傾いていきます。

会津の日新館、萩の明倫館、佐賀の弘道館など、幕末のメジャー藩校の中でも、水戸弘道館は一番大きい規模でした。

弘道館の反対側が水戸城跡になります。大手橋を渡って水戸城跡に向かいます。

大手門の復元工事など工事中ですが、これから整備されていきます。大日本史の編纂が進められた彰考館跡は、中学校になっています。(2018年4月訪問)

1190年~1198年の間に、馬場資幹ともによって築かれ、馬場城と呼ばれていました。

1625年 水戸藩初代藩主の徳川頼房が建てた三階櫓跡は、天守閣に匹敵する大きさでした。

弘道館が三の丸で、東に向かうと二の丸、本丸となります。

藩主御殿のあった二の丸曲輪に通ずる杉山坂です。

二の丸北側にある杉山門の内側は、土塁で枡形が造られていました。

1590年 佐竹氏は、豊臣秀吉から常陸54万石を与えられ、水戸城に入城します。

内堀は、水郡線が走っています。

橋を渡ると高校の敷地になりますが、決められた場所までは観光客も入って良いそうです。

1609年 徳川頼房が下妻城から入城して、260年間、水戸徳川家の居城となります。

水戸城の唯一現存する建造物の薬医門です。建立時期は安土桃山時代と推定されています。多くの借金を抱えていた水戸城ならではの質実剛健な門です。

「一張一弛」という孔子の言葉があります。メリハリをつけて、文武修行と心身を休めることだと思います。その施設が弘道館と偕楽園です。水戸城には、華やかさはありませんが、激動の時代を迎えるにあたって、学問や思想、心身の鍛練、文化、芸術などの発信された場所だと感じました。いつものキャスリングとはまた別の楽しさがあり、勉強になりました。弘道館と水戸城跡を周って、90分のキャスリングでした。



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