キャスリング 島原城編(日本100名城) 

島原鉄道線島原駅から西に800m、10分歩いた所に島原城があります。

車の場合は、城内に駐車場があります。駐車代は320円です。入り口で駐車料金を払い、坂を上がり入城します。

1616年 有馬直純の居城だった日野江城(島原城から南に約30キロ)でしたが、有馬氏が宮崎県日向藩に転勤となり、奈良県から松倉重政が日野江城に入城します。

1618年 日野江城は手狭になったので、島原城を築城します。

本丸、二の丸、三の丸が南北に並び島原藩の政庁でした。雲仙普賢岳からのびる低丘陵上に建てられ、城下町が形成されました。

天守閣に入ります。入場料は大人540円です。日本100名城スタンプは切符売場に置いてあります。松倉氏→高力氏→松平氏→戸田氏→松平氏と1873年明治の廃城令まで続きます。

松倉氏は、石高を偽り年貢を厳しく取り立て、キリシタン弾圧も壮絶を極めました。それが原因で史上最大の一揆、島原の乱が勃発します。(詳細は原城編にて)

島原の乱という領国経営失敗で、二代目松倉勝家は斬首刑、松倉氏は改易となりました。その後、松平氏が治めます。

1792年 雲仙普賢岳噴火の地震で眉山溶岩ドームが大崩壊し、有明海に大津波を発生させました。山体崩壊と津波で15,000人の方が犠牲になった大災害でした。「島原大変肥後迷惑」と言われる、最大の火山被害になりました。

天守閣から西を見ると、崩壊を引き起こした眉山の向こうに普賢岳が見えます。

東には、大津波が発生した有明海と、対岸には阿蘇山がうっすらと見えます。中央構造線の別府島原地溝帯からなる火山帯である事が分かります。

お城を出て北に向かいます。本丸の正面玄関だった所です。

正面玄関にふさわしく、権勢を見せる鏡石があります。

二の丸の石垣です。

廊下橋にあたる本丸入り口の枡形と雲仙普賢岳です。お堀の外に出て、外周を周ります。

島原駅に行く東西の道です。お城に突き当たります。

昭和30年代に櫓や天守閣が復元されました。破風が無い層塔型天守で均整のとれた美しいお城です。

お城から外れて南に100m歩くと島原城大手門跡の石碑があります。お城外周に戻り、お堀と高石垣の美しさに惚れ惚れします。

島原の乱や大災害などの重い歴史を持ったお城です。現代になっても、1991年の普賢岳の火砕流、2016年熊本地震など、歴史は今も続いている事を痛感した60分のキャスリングでした。



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