キャスリング 三田城編

JR福知山線三田駅から西に1キロ、15分歩いた所に三田城跡があります。

車の場合は、学校や住宅街という事で駐車スペースがありませんでした。
有馬高校

有馬高校沿いには、古地図の看板がありますので参考にします。この地域は、摂津、播磨、丹波を結ぶ要衝の地でした。築城年は不明ですが、赤松氏範が築城したと言われています。

有馬高校の向かいにある三田小学校の門には、三田城跡の石碑と看板があります。

荒木氏の一人、荒木平太夫が入城しますが、荒木村重の謀反により1578年羽柴秀吉に攻められ落城します。その後池田氏、三好氏、山崎氏が入城します。

1600年 関ヶ原の戦いで西軍についた山崎氏が若狭鬼ヶ城へ異動、淡河城の有馬重則が入城します。

1620年 有馬氏が久留米城へ異動、1626年 出羽国上山城から松平重直が入城します。

1633年 松平重直が豊後国龍王城へ異動、鳥羽城の九鬼久隆が入城します。ここから260年の九鬼が治めます。

三田藩13代藩主九鬼隆義の看板、日本の化学の祖と言われる川本幸民の顕彰碑があります。

三田陣屋の近くの大池では、九鬼水軍としての技術を継承する為、船を浮かべて訓練していたと言われています。先進的に新しい事を勉強し、社会に活かすような家系がうかがえます。

見どころが少ないので20分のキャスリングでしたが、新しい発見があり勉強になりました。



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