キャスリング 小諸城(日本100名城)

しなの鉄道線小諸駅から、歩いて3分の所に小諸城跡があります。

車の場合は、お城の北側に懐古園駐車場(第一駐車場)があり、1日500円でした。

第一駐車場から蕎麦屋、お土産屋さんの横を通ると小諸城三の門料金所があります。

入園料500円 小中学生200円

(藤村記念館、小山敬三美術館、郷土博物館、徴古館、動物園、小諸義塾記念館)

散策券300円 小中学生100円(園内散策、動物園)でした。

徴古館の入り口に100名城スタンプがあります。今日は散策券でキャスリングスタートです!

まず目につくには巨大な石で積んだ野面積みの石垣です。1871年の北国街道整備の際に復元された石垣です。

1487年 大井光忠は小諸城の前身である鍋蓋城を築城したと言われています。二の丸跡の階段を登ります。

上田合戦で10日間足止めをくらった徳川秀忠の陣があった二の丸です。ここで遅れてお父さんにすごい怒られたんですね。ここからは、雄大な浅間山が見えます。

1554年 小諸城が完成します。縄張りは山本勘助、城主は武田信豊と言われています、が定かではありません。

番所跡、中仕切門跡です。

北の丸跡には弓道場があり、つい見物してしまいました。反対側には南の丸跡です。

黒門橋を渡ります。深い堀になっており自然地形をうまく利用しています。

武田氏が滅ぶと、織田信長家臣の滝川一益が群馬、佐久を領し、城代に道家正栄が務めます。

黒門跡、お駕籠台跡を通ると、二手に分かれます。

1582年 本能寺の変で、神奈川の後北条氏が群馬に攻めてきます。

ここから分かれるので、左から時計周りに周っていきます。

滝川一益は、攻めてきた後北条氏と神流川の戦いで敗退します。

左は、本丸跡で懐古神社があります。

菅原道真がご祭神、小諸藩主牧野氏と本丸にあったお社を合祀した懐古神社です。

武田信玄の軍師 山本勘助が愛用していた鏡石です。庭園は、綺麗に整備されています。

滝川一益は伊勢国長島に帰り、国衆だった依田信蕃(よだのぶしげ)が城主となります。

お城の南にある富士見台まで来ました。ここからは富士山の山頂が見えました。馬場を通り、お城の北にある水の手展望台に向かいます。

お城の北には、島崎藤村「小諸なる古城のほとり 雲白く遊子かなしむ」千曲川旅情の歌碑があります。水の手展望台からは蛇行した千曲川が見えます。

1590年 仙石秀久が入城します。石垣や天守造営など整備を進めていきます。

浅間山麓の谷地形を利用した地獄谷です。

天守台まできました。荒々しい造りの野面積みですが、一番好きな石垣です。三重の天守があったそうですが、1626年に落雷で焼失しました。

1742年 寛保の大洪水によって大手門、三の門が損壊しました。その際に掘られた荒神井戸です。苔むした石垣が美しいお城です。

江戸時代には、小諸藩が置かれ、松平氏→青山氏→酒井氏が入城します。

順番が逆になりましたが、小諸城のシンボルとも言える重要文化財の三の門まで来ました。

三の門の近くに、徳川秀忠が座ったとされる憩石があります。名君と讃えられた、小諸藩主牧野氏の遺徳碑があります。

しなの鉄道の線路下トンネルをくぐって大手門公園に向かいます。

小諸城のもう一つの重要文化財である大手門です。看板の地図を見ると大手門の南に三の丸があり、お城に線路を通した感じですね。山の斜面にお城を南北に築き、北側にある大手門の下に本丸があるので、日本唯一の穴城と言われています。(城郭検定2級出題)

石垣の素晴らしさに惚れ惚れしながら、ゆっくり180分のキャスリングでした。



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