キャスリング 田原城編

豊橋鉄道渥美線三河田原駅から北に1.2キロ、15分歩いた所に、田原城があります。

車の場合は、田原城に併設された、西側の崋山会館(かざんかいかん)や北側の田原市博物館に停められます。駐車場は無料でした。

田原城の地図を確認し、復元された桜門から入城します。

桜門の左手は桝池があり、右手は袖池になります。石垣などの遺構はありますが、建物は復元されているものです。

桜門をくぐると右手には、護国神社の鳥居があります。

奥に行くと田原城の案内板と歴代城主が紹介されています。

1480年頃 三河湾支配の拠点として、戸田宗光が築城したと言われています。

1547年 戸田康光は、竹千代(徳川家康)を静岡の今川義元に護送する際に、寝返って敵方の織田信秀に送ったので、今川義元から攻められ田原城は落城します。

左手には、文化財の収蔵庫として復元された二の丸櫓があり、奥に田原市博物館があります。

1565年 桶狭間の戦い後、松平氏譜代の本多広孝が入城します。

1590年 池田輝政が吉田城に入城すると、田原城城代として伊木忠次が入城します。

1664年 三宅氏が明治維新までの200年間、この地を治めます。江戸田原藩三宅屋敷があった所は、三宅坂として名を残しています。

奥に行くと、田原市博物館の駐車場に通ずる階段があり、空堀になります。さらに奥には巴江神社(はこうじんじゃ)があります。

巴江神社は、1815年12代目の三宅康和が、三宅氏の家祖である南朝の忠臣児島高徳を祀った神社を二の丸に建立した事から始まります。

三河国田原藩藩士だった渡辺崋山(わたなべかざん)を祀った崋山神社があります。

今川の時代から明治、幕末までの歴史が詰まっているお城で、30分のキャスリングでした。



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