キャスリング 西尾城編

名鉄西尾線西尾駅から、西に1.1キロ、15分歩いた所に、西尾城があります。

車の場合は、県道383号線沿いに、無料の駐車場があります。

歴史公園になっており、地図で城内を確認します。

二の丸の鍮石門(ちゅうじゃくもん)です。大給松平氏が入城した際に、江戸城の本丸御殿の鍮石門の名前からあてたと言われています。

1221年 承久の乱の戦功により、三河の守護に任じられた足利義氏が築城した西条城が始まりと言われています。足利義氏がきっかけとなり、赤穂事件の吉良氏、桶狭間の戦いの今川氏に繋がっています。

1561年 酒井正親が城主となります。公園内には、旧近衛邸があり抹茶がいただけます。

1590年 酒井氏が武蔵川越に異動すると、近江八幡から田中吉政が岡崎城主となり、西尾城主と兼任し、大手門や櫓門を増築しました。

奥に進むと、右手に西尾神社、左手に御剱八幡宮(みつるぎはちまんぐう)があります。

1601年 本多康俊が初代西尾藩主として入城します。

西尾城のシンボルでとも言える、丑寅櫓です。櫓は9時30分~16時まで開放されています。

1638年 太田資宗が、下野国山川から入城します。

公園内には西尾市資料館があります。入館は無料で、時間があれば入る事をお勧めします。西尾城の歴史が学ぶことができました。ボランティアのおじさんも詳しく説明してくれました。

1657年 井伊直好が上野国安中から入城します。

資料館は撮影可能の所、個人所有展示物の撮影禁止の所があります。ご注意ください。

1764年 出羽国山形藩から、松平乗祐(大給松平家)が入城し、明治まで大給松平家が治めます。大給松平氏の印象的な葵文字の兜です。

駐車場の横に二の丸丑寅櫓の石垣、奥には天守台の石垣があります。

ゆくゆくは、丑寅櫓、天守閣の建設を地元の方の寄付によって進めていくそうです。

資料館のおじさんに、吉良氏の名前のルーツである雲母(きらら)の鉱山を所有していた事や、東西のつなげる要衝の地であることなどを聞きました。知らない事がたくさんある事を知っただけでも印象に残るお城でした。40分のキャスリングでした。



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