キャスリング 伏見城編

京阪本線丹波橋駅、近鉄京都線近鉄丹波橋駅から西に1.5キロ、20分歩いた所に、伏見桃山城があります。JR奈良線桃山駅からは、北に1.5キロ、20分の徒歩です。

車の場合は、国道24号線から東に1.2キロ、5分ほど走ると、画像のような、伏見桃山城運動公園駐車場に着きます。看板にも書いてありますが、伏見桃山城の内部は公開していませんので、外から模擬天守を見るだけになります。

平日の朝早い時間だったので、駐車場がガラガラでした。多くの台数が停められる駐車場です。伏見城は、3度に渡り築城されました。

1592年 豊臣秀吉は、隠居後のお城として、指月伏見城を築城しました。JR奈良線桃山駅から南に200m行った辺りが指月山でした。現地には、指月城跡があります。

1596年 慶長伏見地震の発生で、指月伏見城が倒壊しまいました。

門をくぐり城内に入ります。入城は無料です。

1597年 指月から北東に1キロの木幡山に伏見城を再築しました。木幡伏見城と呼び区別をしています。

1598年 豊臣秀吉が死去し、豊臣秀頼は、伏見城から大坂城に移りました。五大老の徳川家康が、伏見城に入城します。

1600年 関ヶ原の戦いの前哨戦である伏見城の戦いで、石田三成は伏見城を攻め落城し、焼失しました。その時の城代は鳥居元忠です。

1601年 関ヶ原の戦いで勝利した徳川家康は、藤堂高虎を普請奉行として再建し、1603年伏見城で征夷大将軍の宣下を受けます。

1619年 駿府城の改築、二条城の再建と伏見城を維持するのは難しくなってきたため、廃城になります。

伏見城の天守は二条城に、他の建物は福山城や淀城に移築されました。激動の時代の舞台になった伏見城は、豊臣秀吉、徳川家康の転換点ともなる重要なお城でした。30分のキャスリングでした。



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