キャスリング 下赤坂城編

近鉄長野線滝谷不動駅から、東に5.7キロ、80分歩いた所に下赤坂城跡があります。

車の場合は、本城である千早城から、車で北に7.2キロ、20分で着きます。村立千早赤坂中学校の西側にあり、細い道なので注意して下さい。遺構はなく、石碑と看板があるぐらいです。

1294年~1336年頃、楠木正成により、標高185mの金剛山地からのびる丘陵を利用し、下赤坂城が築城されたと言われています。

1331年 鎌倉幕府倒幕派の後醍醐天皇や楠木正成は、元弘の乱で幕府軍の足利高氏、新田義貞と戦います。楠木正成の下赤坂城は、奇策で幕府軍を翻弄しましたが、長期戦に耐えられない事を分かっており自ら火を放ち自害したように見せかけました。

幕府軍は、後醍醐天皇を捕え隠岐島に島流しにします。楠木正成は姿を隠していましたが、下赤坂城を奪還し、調略も行い、和泉河内を制圧します。その後、詰めの城だった千早城の戦いへと続きます。

下赤坂城からは、大阪市内が一望できました。阿倍野ハルカスが一際目立ちます。

現在は丘陵地帯を利用した棚田が有名です。今はゆっくりとした時間が流れていますが、鎌倉滅亡の際には、多くの血が流れていたんですね。20分のキャスリングでした。



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