キャスリング 人吉城編(日本100名城)

JR肥薩線人吉駅から南に2キロ、30分歩いた所に人吉城跡があります。

車の場合は、人吉城歴史館に無料に駐車場があります。100名城スタンプが置いてあります。

歴史館の入館料は、大人200円です。まずはここで人吉城の事を学びます。

1205年 源頼朝に仕えていた静岡県牧之原市の相良氏は、熊本県人吉荘の地頭に任ぜられます。

相良氏が人吉に赴任して以来、35代670年間の長きに渡り球磨地方を治めました。

発掘調査で発見された石積みの地下室があります。

外に出て、歴史館周りを歩いていくと、下台所跡や屋敷跡があります。

角櫓と大手門を胸川の対岸から見てみました。

大手門、多聞櫓は無料で入る事ができ、甲冑などが展示していました。

さあいよいよ人吉城に入っていきます。

1862年 寅助火事の後、建物の防火の為に西洋式石垣のはね出し石垣が採用されました。江戸湾台場、五稜郭などの西洋式城郭が採用される石垣ですが、従来の城郭では珍しい例でした。

人吉城の特徴は、球磨川沿いにあり、外堀の役割ながら水運にも活用され、年貢米の出し入れなどをしていました。

はね出し石垣と堀合門です。人吉出身の音楽家、教師の犬童信蔵氏の顕彰碑がありました。

本丸、二の丸、三の丸への唯一の登城口である御下門跡です。

石階段を上っていきます。この日は、雨が降っており風情が増します。

中御門を登り、二の丸になりますが、本丸の階段を目指します。

御下門から5分ほどで本丸跡に着きました。天守閣は建てられず、1626年に護摩堂が建てられました。

二の丸に下がりました。ここが人吉城の中心部でした。御殿の「御金ノ間」は襖などに金箔が張られた書院造で城主が使っていたそうです。現在も、鴨がお城を守っていました。

二の丸から見た、芝生が綺麗な三の丸です。塩の蔵や長屋、井戸などありました。雨に濡れた石垣、石階段と木々が絶妙にマッチしていました。

御下門まで下がり、堀合門の手前には、左近の石があります。

1607年 球磨川唯一の橋であり、中州を挟んで大俣橋、小俣橋が架けられました。しかし増水で壊れる事が多く、家老の中村左近の提案で中州の上流部に大きな石を多数沈めて橋が壊れないようにした「左近の石」が残されています。

1862年の寅助火事の時に、復興の為の借金を熊本の細川藩から借りようとしましたが、断られました。鹿児島の薩摩藩からはお金だけでなく人も派遣してくれ、その恩があり、西南戦争の時は薩摩郡に協力するという経緯がありました。

歴史館から始まり、120分のキャスリングでした。相良氏の長期運営と西南戦争の舞台となった人吉はまだまだ見どころがあります。今度は温泉と歴史に浸りながら泊りで来たい所です。



シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする