キャスリング 鞆城編

車で、山陽自動車道福山東インターを降りて、南に15キロ30分走った所に、鞆城跡があります。鞆町内の県道47号線沿いに、鞆の浦駐車場がありましたので、そこに停めました。駐車代は30分100円でした。

画像の通り、一方通行で道は狭く、観光客も多いので注意して下さい。

鞆の浦駐車場横の階段と坂道を登ると、鞆の浦歴史民俗資料館があります。そこが鞆城跡になります。

1553年頃 毛利元就の命令で地元の豪族渡辺氏が、尼子氏の抑えとして鞆の丘陵地に築いたのが鞆要害とされています。 入館料は大人150円です。鞆の浦の役割と歴史を勉強しました。

城跡である丘陵地からの眺めです。鞆は、瀬戸内海の潮待ちの港として栄えました。

1576年 織田信長から京都を追われた足利義昭は、毛利氏の庇護で鞆に滞在しました。その時の亡命政府は鞆幕府と言われています。

1600年 関ヶ原の戦い後毛利氏に替わり、福島正則が鞆城として整備をしていきます。しかし徳川家康に鞆城の存在を知られ、一国一城令もあり取り壊されました。

鞆城の前身だった大可島城も向かいながら、鞆の浦もブラブラしてみましょう。

1863年 三条実美ら7人の公家は、公武合体派に追われ太田家住宅に滞在しました。

1811年に船着き場の雁木(石段)、1859年に常夜灯が造られました。いずれも花崗岩で造られています。

明治以降、鉄道の開通、汽船の就航で、潮待ちをする事はなくなりましたが、豪商、廻船問屋など鞆の繁栄ぶりがうかがえました。さあ大可島城に向かいます。



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