キャスリング 大可島城編

鞆城跡(鞆の浦歴史民俗資料館)から南に400m、5分歩いた所に、大可島城跡(円福寺)があります。港の方から階段を上がると、円福寺の境内になります。

1342年 南朝方の四国川之江の仏殿城は、北朝方の細川頼春により攻められますが、伊予の南朝方は援軍を出しますが、燧灘で北朝方に阻止されます。その後、鞆にて築城したのが、大可島城になります。その後、北朝方に攻められ落城します。

現在は地続きになっていますが、昔は島になっており、戦国時代は因島村上水軍の拠点でした。足利義昭が鞆に滞在した時は、大可島城主の村上亮康が警固しました。

1600年 鞆城を築城した時に陸続きとなりました。

東側には、弁財天と奥に仙酔島が見えます。境内は、猫の休憩場所となっていました。

北の方から出ると円福寺の石碑があります。遺構はありませんが、瀬戸内の重要な拠点だった事が分かりました。鞆城跡、鞆の浦見物含めて90分のキャスリングでした。



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